レオンの到着⑤
<出撃>
夜明けの国境砦は、春の靄に包まれていた。
まだ冷たい空気の中に、雪解けの匂いがわずかに漂う。東の地平から朝陽が顔を出し、砦の石壁を黄金色に染めていく。
兵たちは静かに出撃の支度をしていた。馬の蹄が砂を蹴る音、甲冑の留め金が鳴る音が、まだ眠る世界の中でかすかに響く。
「ご武運を、リューン殿」
「そちらもな、聖騎士レオン」
出撃の見送りに来たレオンが短く挨拶を交わした。
ほどなくして出発するリューン隊。レオンは見送ると自分の準備にかかった。
…
騎馬部隊が駆けている。リューンは先頭で馬の手綱を握り、副官たちが後に続く。先頭から少し離れ、マーリスとダリウスの姿もあった。
「ずいぶんと速えな! リューン隊はよ!」
ダリウスが風に負けじと声を張る。砂混じりの風が髭をなびかせた。
「私もついていくのがやっとです……!」
「白銀でもそうなんじゃ、俺が遅れるのも仕方ねぇな!」
「私よりもダリウス殿のほうが経験豊富でしょうに……」
「いや、単純な速度じゃねえな。馬の足運び、重心の乗せ方、視線の先――全部が繋がってやがる。無駄が一つもねぇ」
「その通りです……!」
マーリスの声が風にかき消された。
リューン隊の騎馬は疾走しながらも乱れず、砂の上を流れるように進む。まるで一つの生き物のような隊列だった。
ダリウスの視線の先では、駱駝部隊が荷を運んでいた。彼らの歩みは軽やかで、戦場とは無縁のように見える。
「……流石にあいつらよりは速く駆けねえとな」
彼が苦笑をもらしたところで、話題は別の方向へと逸れた。
「ところで昨日は――レオンと食事に行ったんだって?」
「な、なんでそれを!? それに二人きりじゃありません!」
「あー、そうだったか。なんかこの部隊の間で噂になっててな。“白銀殿が聖騎士様と撃ち合ったあと、どこかへ連れ立って行った”って」
「……なんか恣意的ですね。ミレイユとエレナさん、それにシルヴィアさんも一緒でしたよ……」
「そっか……、ドンマイ!」
「何がですか!」
馬上で言い争う二人に、周囲が苦笑を浮かべた。
…
リューンは先頭を駆けていた。普段の飄々とした態度とは異なり、鋭く周囲を観察している。
副官が並び、報告する。
「もう少しで前回、交戦した地帯に入ります。隊列を整える頃合いかと」
「わかった。だが、足は止めるなよ」
リューンが右手を挙げる。
その合図で速度が落ち、蹄の音が静かになる。砂が柔らかく舞い上がり、空気が一瞬、澄んだ。
「しかし、ダリウス殿を伏兵の部隊に加えるとは……正気ですか?」
隊列を整える間に、副官がリューンに近づいて小声で話す。
「彼は一度魔王軍への奇襲を成功していると聞いた。その経験と手腕を買って助力してもらうまでよ」
「しかし……」
「これも砂の導きだ」
「……そう言われては従うしかありませんな」
副官が頷く。「砂の導き」――それはリューンの口癖でもあり、戦場における彼の信条だった。
流れに逆らわず、最も自然な形で敵を包み込む。
その理屈を完全に理解できる者は少ないが、彼の部隊が無敗を誇る理由を、誰も疑おうとはしなかった。
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一方その頃、砦の裏手。レオンたちもまた、静かに出撃の時を迎えていた。
「よし、こちらも出るぞ」
レオンが腰の剣を確かめる。
「はい、準備できています」
シルヴィアが真っ直ぐに頷く。彼女の鎧が朝陽を受けて淡く輝いた。
エレナが軽口を叩くように口を開く。
「なんか静かね。ダリウスがいないと、広々してるわ」
レオンは小さく笑い、手綱を握った。
「ダリウスがいない分、引き締めていかないとな」
「了解しました。ルートはどうですか?」
カイルが地図を指で示す。
「リューン隊が陽動に出ている。俺たちは森の間を抜けてアジトに接近する。魔物はいないはずだが、慎重に行こう」
彼らの言葉には、余裕と緊張が入り混じっていた。
森の木々が光を受けて淡く揺れ、葉の間から春の風が抜けていく。
出撃の気配を悟らせぬよう、馬の歩みは静かだ。
砦の門を抜ける前、レオンはふと振り返った。
高い石壁の上に、夜明けの光が滲んでいる。
心の中でひとり呟く。
(魔王薬から始まったこの追跡……これで、ようやく決着がつくか)
彼の視線は、遠くの地平へと向かった。
その先には、まだ見ぬ敵の影と、再び交わる運命の糸が静かに待っている。




