↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
275/325

レオンの到着⑤

<出撃>


 夜明けの国境砦は、春の靄に包まれていた。


 まだ冷たい空気の中に、雪解けの匂いがわずかに漂う。東の地平から朝陽が顔を出し、砦の石壁を黄金色に染めていく。


 兵たちは静かに出撃の支度をしていた。馬の蹄が砂を蹴る音、甲冑の留め金が鳴る音が、まだ眠る世界の中でかすかに響く。


「ご武運を、リューン殿」


「そちらもな、聖騎士レオン」


 出撃の見送りに来たレオンが短く挨拶を交わした。


 ほどなくして出発するリューン隊。レオンは見送ると自分の準備にかかった。


…


 騎馬部隊が駆けている。リューンは先頭で馬の手綱を握り、副官たちが後に続く。先頭から少し離れ、マーリスとダリウスの姿もあった。


「ずいぶんと速えな! リューン隊はよ!」


 ダリウスが風に負けじと声を張る。砂混じりの風が髭をなびかせた。


「私もついていくのがやっとです……!」


「白銀でもそうなんじゃ、俺が遅れるのも仕方ねぇな!」


「私よりもダリウス殿のほうが経験豊富でしょうに……」


「いや、単純な速度じゃねえな。馬の足運び、重心の乗せ方、視線の先――全部が繋がってやがる。無駄が一つもねぇ」


「その通りです……!」


 マーリスの声が風にかき消された。


 リューン隊の騎馬は疾走しながらも乱れず、砂の上を流れるように進む。まるで一つの生き物のような隊列だった。


 ダリウスの視線の先では、駱駝部隊が荷を運んでいた。彼らの歩みは軽やかで、戦場とは無縁のように見える。


「……流石にあいつらよりは速く駆けねえとな」


 彼が苦笑をもらしたところで、話題は別の方向へと逸れた。


「ところで昨日は――レオンと食事に行ったんだって?」


「な、なんでそれを!? それに二人きりじゃありません!」


「あー、そうだったか。なんかこの部隊の間で噂になっててな。“白銀殿が聖騎士様と撃ち合ったあと、どこかへ連れ立って行った”って」


「……なんか恣意的ですね。ミレイユとエレナさん、それにシルヴィアさんも一緒でしたよ……」


「そっか……、ドンマイ!」


「何がですか!」


 馬上で言い争う二人に、周囲が苦笑を浮かべた。


…


 リューンは先頭を駆けていた。普段の飄々とした態度とは異なり、鋭く周囲を観察している。

 副官が並び、報告する。


「もう少しで前回、交戦した地帯に入ります。隊列を整える頃合いかと」


「わかった。だが、足は止めるなよ」


 リューンが右手を挙げる。


 その合図で速度が落ち、蹄の音が静かになる。砂が柔らかく舞い上がり、空気が一瞬、澄んだ。


「しかし、ダリウス殿を伏兵の部隊に加えるとは……正気ですか?」


 隊列を整える間に、副官がリューンに近づいて小声で話す。


「彼は一度魔王軍への奇襲を成功していると聞いた。その経験と手腕を買って助力してもらうまでよ」


「しかし……」


「これも砂の導きだ」


「……そう言われては従うしかありませんな」


 副官が頷く。「砂の導き」――それはリューンの口癖でもあり、戦場における彼の信条だった。


 流れに逆らわず、最も自然な形で敵を包み込む。


 その理屈を完全に理解できる者は少ないが、彼の部隊が無敗を誇る理由を、誰も疑おうとはしなかった。


---


 一方その頃、砦の裏手。レオンたちもまた、静かに出撃の時を迎えていた。


「よし、こちらも出るぞ」


 レオンが腰の剣を確かめる。


「はい、準備できています」


 シルヴィアが真っ直ぐに頷く。彼女の鎧が朝陽を受けて淡く輝いた。


 エレナが軽口を叩くように口を開く。


「なんか静かね。ダリウスがいないと、広々してるわ」


 レオンは小さく笑い、手綱を握った。


「ダリウスがいない分、引き締めていかないとな」


「了解しました。ルートはどうですか?」


 カイルが地図を指で示す。


「リューン隊が陽動に出ている。俺たちは森の間を抜けてアジトに接近する。魔物はいないはずだが、慎重に行こう」


 彼らの言葉には、余裕と緊張が入り混じっていた。


 森の木々が光を受けて淡く揺れ、葉の間から春の風が抜けていく。


 出撃の気配を悟らせぬよう、馬の歩みは静かだ。


 砦の門を抜ける前、レオンはふと振り返った。


 高い石壁の上に、夜明けの光が滲んでいる。


 心の中でひとり呟く。


(魔王薬から始まったこの追跡……これで、ようやく決着がつくか)


 彼の視線は、遠くの地平へと向かった。


 その先には、まだ見ぬ敵の影と、再び交わる運命の糸が静かに待っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。