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レオンの到着④

<剣と心の距離>


 夕暮れの砦は、赤く染まった石壁が光を反射し、柔らかな温もりに包まれていた。


 訓練を終えた兵たちの声が遠ざかり、静けさが戻る。そんな中、マーリスは一歩踏み出し、少し緊張した面持ちでレオンの前に立った。


「……あ、あの、レオン様。その……手合わせをお願いしたいのですが」


「俺とマーリスが?」


 少し驚いたように眉を上げたレオンは、すぐに穏やかに笑みを浮かべた。


「いいぞ。せっかくだ、久しぶりに手合わせしよう」


 その言葉に、マーリスの表情がぱっと明るくなる。


 胸の奥で弾む鼓動を感じながら、彼女は「ありがとうございます」と頭を下げた。


 そのやり取りを、柱の影からじっと覗く視線があった。


---


「……全く姉さんったら。食事にでも誘えばいいのに、なんで“手合わせ”になるのよ」


 呆れたようにため息をつくミレイユ。


 その後ろからひょっこり顔を出すのは、エレナだ。


「でも面白そうじゃない? あの二人、妙に絵になるし」


「えっ……マーリスさんって、レオンさんのこと……?」


 控えめに尋ねるシルヴィアの頬が、ほんのり赤く染まる。


「これは……姉さんにライバル登場、ね」

「私は中立だからね」

「からかわないでください!」


 三人のひそひそ声が廊下にこだまする。


 彼女たちは影から、訓練場へと視線を向けた。


---


 訓練場には、沈みゆく夕日が差し込み、地面を赤く染めている。


 レオンとマーリスが向かい合い、静かに構えを取った。


 周囲の騎士たちが息を呑む。


 「白銀殿だ」「聖騎士様との手合わせだ」と小声が広がっていく。


「いきます!」 「いつでもどうぞ」


 金属音が響く。


 マーリスが鋭く踏み込み、剣を振る。だがレオンは軽やかに受け流す。


 さらに踏み込み、連撃を仕掛けるが、全て的確にいなされてしまう。


(速い……っ!)


 マーリスは歯を食いしばる。


 数合交えた時点で、力量の差は明らかだった。それでも諦めず、彼女はなおも食らいつく。


 汗が頬を伝い、手のひらが痛む。けれど――その痛みが、努力の証のように感じられた。


「……ここまでにしようか」


 レオンの声が穏やかに響く。


「まだやれます……!」


「その気概は素晴らしいが――ほら、少し押すだけで」


 軽く押されたマーリスの体勢が崩れ、尻もちをつく。


 肩で息をする彼女の前で、レオンは剣を下ろした。


---


「なかなか……レオン様には届きませんね。昔から差が縮まるどころか、広がってる気がします」


 マーリスが苦笑する。


 レオンは小さく首を振り、優しい笑みを浮かべた。


「そんなことはない。マーリスの成長には驚いたよ。以前の君なら、三合も持たなかったはずだ」


 差し伸べられた手を見つめ、マーリスはそっとそれを取る。


 温かく、確かな力を感じる手だった。


「……レオン様にそう言ってもらえると、嬉しいです」


 言葉と一緒に、小さな笑みがこぼれた。


「ところで――その“様”って呼び方、そろそろやめないか?」


「え?」


「昔は俺が筆頭騎士で、君が一般騎士だったから分かるが、今は君も一番隊の副隊長だ。もう、対等な立場だよ。もっと気楽に呼んでくれていい」


「い、いえ! いつまで経っても、レオン様は憧れの存在なんです!」


 必死に否定するマーリスに、レオンは少し照れくさそうに笑った。


「憧れられるほどの人間じゃないさ。でも――マーリスは実力をつけた。もっと誇っていい。周囲も期待している……もちろん、俺もだ」


「……えっ」


 不意を突かれ、マーリスは顔を真っ赤にして視線を逸らした。


 胸の鼓動が早くなる。


「一番隊を任せられるのは、マーリスしかいないと思う」


「そんな……私なんてまだ……」


「謙遜するな。評価は本当だ。不足を感じるなら、その期待に応えればいい」


「……はい」


 その言葉に、マーリスの背筋が少し伸びた。


「だが、焦るなよ」


 レオンが優しい声で続ける。


「何事も日々の積み重ねだ。急に強くなるなんてことはない。……聖騎士の俺が言うのも変だがな」


「聖騎士様でも……?」


「急に手に入れた力ってのは、扱いが難しいんだ。慣れるには、やっぱり積み重ねしかない」


 マーリスはその言葉を噛み締めるように頷いた。


「……わかりました! 私も、積み重ねていきます!」


「うん、それでいい。さて――」


 レオンが汗を拭いながら笑う。


「軽く食事にでも行こうか?」


「えっ……はい!」


 嬉しそうに頷いたマーリスが、不意に何かに気づいて振り返る。


 その先には――。


「……ミレイユ?」


「あ、ばれた!」


 石垣の影から、ミレイユ、エレナ、シルヴィアが勢いよく顔を出す。


「いい雰囲気だったのに、もう終わっちゃったの?」


「ち、違います! これはそういうのじゃなくて!」


「うんうん、“そういうのじゃない”わよね」


 ミレイユがにやりと笑い、エレナが肘でつつく。


 シルヴィアは目を逸らしながら、耳まで赤く染めていた。


 マーリスはこれまで覗かれていたことを察して赤くなった。


「……じゃあ、あそこで暇してる妹たちも……一緒にいいですか?」


「そうするか、行こう」


 レオンは苦笑しながら了承した。


 夕陽が完全に沈み、砦の空に群青が広がる。


 戦いに備えた一日の終わりに、ささやかな笑い声が石壁に響いていた。


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