レオンの到着②
<ヴィクトールと会話>
砦の中は、外の風とは違う静けさに包まれていた。
石造りの回廊には冷んやりとした空気が漂い、窓から差し込む陽光が影を作っている。マーリスの案内で進む一行の足音だけが、その静寂を刻んでいた。
「バルヴェルクの部隊に同行か。期待されているじゃないか、マーリス」
軽い口調で言うレオンに、マーリスは少しだけ頬を赤らめた。
「いえ、そんな……私はただ、補佐として」
「補佐とは言っても、異国の部隊と並んで行動するのは容易じゃないだろ」
ダリウスが肩をすくめて笑い、エレナは微笑を浮かべる。
「でも、マーリスのことだからしっかりやってるんでしょう?」
「……褒められても困ります」
そう言いつつ、マーリスの声にはほんの少しだけ誇らしさが混じっていた。
やがて彼らは砦の中心部、石の厚い扉を備えた客間に案内された。
「まずはこちらでお荷物を。会議室はすぐ近くです」
マーリスの言葉に従い、ダリウスとカイル、シルヴィアは荷を下ろして待機する。王国騎士団所属のレオンとエレナのみがマーリスと共に奥へと進んだ。
会議室の前に立つと、中から人の気配が漏れてくる。
「お連れしました」
マーリスが扉を軽く叩くと、重厚な声が応じた。
「入れ」
扉を開くと、そこには王国二番隊隊長――ヴィクトールの姿があった。
会議はちょうど終わったところのようで、数名の副官たちが退出していくところだった。彼らの顔には緊張が残っている。
「おお、来たか、レオン」
ヴィクトールは大きな体を起こし、歓迎の意を示すように頷いた。
「遠路ご苦労だった。ゆっくりしていけと言いたいが、どうにも砦の周辺が騒がしくてな」
「何か、問題でも?」
レオンが問うと、ヴィクトールは眉をひそめて地図を指し示した。
「先日の演習中、グリフォンの群れが出現した。魔王軍の使役する魔獣と思われる。それが昨日、再び姿を見せた」
「グリフォン……」
レオンとエレナが目を見合わせる。
マーリスは一歩前に出て報告した。
「前回、私が近くで目撃しました。背に人影を見たんです。魔王軍幹部――フェンリルと思われます」
「幹部がこの近くに……?」
レオンの表情が険しくなる。
「そうだ。穏やかではない。レオンは魔王城に潜入していたな。その時にフェンリルの姿は見たか?」
「いえ、潜入した仲間達にもフェンリルと遭遇した者はいなかったですね」
「そうか……正体不明の敵幹部か」
ヴィクトールは腕を組み、深いため息をついた。
「ひとまず砦の防備を強化しているが、これ以上の大きな動きがあれば全軍を動かさねばならん。そんな折に聖騎士殿が来られたのは幸運だが……さて、何の用件かな?」
レオンは一礼し、短く要件を述べた。
「実は、ある密輸組織を追っています。そのアジトが魔王領側にあるとの情報を得まして。潜入の際、こちらの協力を仰ぎたいのです」
「ほう……密輸か。何を扱っている?」
「魔王薬です。王国内に流通し始めています」
「魔王薬……?」
ヴィクトールはあまり詳しくない様子だったので簡単にレオンが説明をする。聞いているうちにヴィクトールの表情が固くなる。
「……やっかいだな。協力はしたいが、今は防備に人手を取られていてな」
「そういうことでしたら」
ふと、部屋の隅から声がした。
視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。
長身で、灰がかった外套を羽織り、笑みを浮かべている。
「あなたは……?」
「リューンと申す。王都で一度すれ違ったことがありますな」
「覚えています。実は以前、旅の途中でお見かけしたこともあります」
レオンが応じると、リューンは軽く頭を下げた。
「私は客将の立場ゆえ、砦の防衛には深入りできぬ身。しかし、我が隊なら身軽に動ける。聖騎士殿のお役に立てましょう」
「よろしいのですか?」
「先日やりあった山賊どもが、どうやら密輸組織の一味らしくてな。私にとっても、放っておけぬ“流れ出した砂”なのですよ」
リューンは口元に笑みを浮かべる。
レオンはヴィクトールの表情を見る。彼にも特に異論はないようだった。
「……そうですか。では、ぜひお願いしたい」
レオンが頷くと、リューンはにやりと笑った。
「もちろん、白銀殿も同行しますな」
「白銀……?」
レオンが首を傾げる。
「リューン殿!」
マーリスが慌てて声を上げる。
エレナが口元を押さえて笑った。
「白銀なんて、似合ってるじゃない」
「茶化さないでください!」
頬を赤らめて抗議するマーリスに、レオンもつい微笑を漏らす。
「ありがとう、マーリス。いや、“白銀”と呼んだ方がいいのかな?」
「も、もう! ……ですが、今回もお役に立てるよう尽力します」
その声には、凛とした覚悟が宿っていた。
彼女の銀髪が松明の灯に照らされ、微かに輝いた。
ヴィクトールは静かに頷く。
「では決まりだ。聖騎士レオンの潜入をアシストする。……頼んだぞ」
こうして、砦の重い空気の中で新たな作戦が始動した。




