レオンの到着①
<国境砦へ>
春の空気はまだ冷たさを残していた。遠くの山々にはうっすらと雪が積もり、斜面を伝う水流が雪解けを告げている。砦の周囲には硬い土を割って芽吹いた若葉が揺れていたが、その緑の瑞々しさすら、石と鉄で築かれた城壁の前では無力に見えた。
王国の最前線――国境砦。
その巨大な門の前に、レオンたちの一行は立っていた。
「前に来た時は、ゆっくり眺めている余裕なんてなかったが……あらためて見ると、やっぱりデカいな」
肩を回しながら、ダリウスが気楽そうに言った。
「当然だわ。過去に幾度も魔王軍の侵攻を防いできた砦よ。昨年の王国騒乱のときも、この砦が落ちなかったからこそ国は守られたの」
エレナが補足するように答える。
「……もっとも、今回も観光してる暇はなさそうだがな」
カイルが釘を刺すように言えば、
「それでも、こうして立ってみると気が引き締まりますね」
シルヴィアが小さく息を吐いた。
そうしているうちに、分厚い鉄の門が軋みを立てて開き始める。
その音に合わせ、レオンは一歩前に出て口を開いた。
「さて――入ろうか」
門兵が姿勢を正し、王国の紋章を掲げるレオンたちを迎える。砦の内部へと歩を進めると、あちこちから視線が突き刺さってきた。
「あれが噂の聖騎士殿か……」
「若いのに、随分と風格があるな……」
「いや……信用しすぎるのは危険だぞ」
囁き声は歓迎とも警戒ともつかない色を帯びている。数ヶ月前、魔王領からの脱出でこの砦に立ち寄ったことはある。しかし、王国の正規の旗のもと、堂々と足を踏み入れるのは今回が初めてだった。
「なんだか……妙に歓迎されているような、注目されているような」
エレナが苦笑まじりに小声で漏らす。
「英雄様はつらいな」
ダリウスが肩をすくめる。
「……期待と、不安。両方の目が混じってますね」
シルヴィアの観察に、レオンは小さく頷いた。
兵士たちのざわめきに気後れすることなく、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、兵たちに軽く会釈しながら砦の中を進んでいく。
そのとき、エレナが前方を指差した。
「あれ……マーリスじゃない?」
白銀の髪をなびかせた騎士が、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。髪を風に揺らし、凛とした姿でレオンの前に立つと、手を合わせて深く礼をした。
「レオン様。お待ちしておりました」
「マーリス……君も砦にいたのか。しかし二番隊でもないのに、なぜここに?」
「そのことは歩きながらご説明します。ヴィクトール隊長がお待ちです」
「……何か、あったのか?」
自ら姿を現さず、マーリスを遣わしたことにレオンは小さな違和感を覚える。
マーリスは一瞬だけ真剣な表情を見せ、すぐにいつもの声音に戻った。
「それもおいおい、お話いたしましょう」
レオンは頷き、仲間と共に彼女の後へと続いた。砦の廊下を進む足音が、硬質な石壁に反響する。
「……ただの再会って感じじゃないわね」
エレナが小声で呟く。
その予感は、この先に待ち受ける出来事の序章だった。




