魔王城の人たち⑤
ピクニック地の視察
「思っていたより大所帯になっちゃったので、ちゃんとお昼を広げられる場所を見に行きましょう!」
魔王城の一室、ピクニックの準備で賑わう中、フローラが勢いよく手を挙げて宣言した。
フェンリルは魔物達を世話をする手を止めて顔を向ける。
「……いや、なんで僕に言うんだ」
「そりゃもう!」とフローラは満面の笑みで
「フェンリルさんが一番適任です!」
「えー……?僕?」
不意に名指しされたフェンリルは、いつもの仮面めいた無表情を崩して、露骨に眉をひそめた。
フローラはグリフォンの群れに手を振りながら、楽しげに言う。
「だって、フェンリルさんのグリフォンさん達ならひとっ飛びで見に行けるじゃないですか!」
フェンリルは、そばで首を傾ける一頭のグリフォンを撫でつつ、長くため息をついた。
「……まぁ、みんながヒマしてるって言ってるし、散歩がてら行ってきてもいいけど」
「もちろん私も行きます!」
フローラは胸を張って、当然のように続ける。
「……フローラも?空は危ないぞ」
「大丈夫です!グリフォンさん達に前に乗せてもらいましたのね!」
「……まぁ、君なら懐いてるし……大丈夫か」
フェンリルの渋い返事と同時に、グリフォンたちが翼を広げた。
――バサァッ!
「よーし、グリフォンさん達も乗り気だし行きましょう!」
「え……?今から?」
強風と羽ばたきの音が城の裏庭を満たす。
フローラはその背にまたがると、きゃあっと歓声をあげた。
「わぁー!風が気持ちいいー!グリフォンさんはやーい!」
「本当に落ちるからはしゃぐな」
「羽もふかふかぁ……このままお昼寝できそう」
「だから落ちるって言ってるだろ」
フェンリルは淡々と突っ込みながらも、飛び交うグリフォンの声に耳を澄ませていた。
魔王城の周囲をぐるりと旋回しては地形を確かめていくが、大人数が腰を落ち着けるには狭すぎる谷や、傾斜のきつい斜面ばかりだ。
「うーん……大人数で広々と座れる場所って、なかなか無いですねぇ」
フローラが頬を膨らませると、フェンリルが一頭の鳴き声に軽く頷いた。
「……こいつが、いい場所を知ってると言っている」
「えっ!?ほんとですか!」
目を輝かせるフローラに、フェンリルは軽く顎をしゃくる。
「国境の方に少し寄ったあたりだそうだ。少し遠いが」
「じゃあそこに行きましょう!」
「……元気だな」
「ゴーゴー!」
フローラの弾む声を合図に、グリフォンたちは再び大きく羽ばたいた。
澄んだ空を切り裂くように、群れは国境の方角へと進路を変えていく。
爽快な風の中、フローラの楽しげな笑い声が高らかに響いた。
…
魔王城から飛び立った一行は、グリフォンたちの案内で小高い丘へと降り立った。
そこは木々がまばらに広がり、広場のように開けた場所だった。風通しがよく、遠くまで視界が開けている。
「わぁー!広さも十分ですし、ここならみんなで遊べますね!」
フローラは両手を広げ、くるりと一回転して歓声をあげる。
「ただ……ちょっと遠いですけど、皆さん大丈夫かな……?」
丘の上から見渡せば、魔王城がかすかに見える程度の距離だ。
「魔族なら問題ない。このくらい歩かせても平気だし、魔獣で運べば済む」
フェンリルはグリフォンのたてがみを撫でながら、あっさりと答える。
「じゃあ、ここに決定ですね!」
フローラは笑顔で宣言した。グリフォンたちも「クエエ!」と誇らしげに鳴く。
だが帰ろうとしたその時、フェンリルがふと耳を動かし、真剣な顔になる。
「……国境の方が騒がしい、とグリフォンたちが言っている」
「え?私には何も聞こえませんけど?」
「グリフォンイヤーは地獄耳だからな」
クエエッ、と一斉に頷くように鳴くグリフォンたち。
「やっぱり気になりますね!見に行きましょう!」
フローラが目を輝かせる。
「勝手に動くとゼノに怒られるぞ」
「大丈夫です!グリフォンさん達も気になりますよね?」
クエエッ!と力強い返事。フェンリルは額を押さえた。
(……チームワーク良すぎだろ)
そして二人は再び空へ舞い上がった。
…
「おー……なんかやってる」
国境砦が視界に入る。城門前には整列する兵士たち、空気は張り詰めている。
「わぁ!お祭りですか?それとも運動会?」
フローラは瞳を輝かせ、両手を合わせた。
「いや……絶対違うだろ……」フェンリルは小声でツッコむ。
鐘の音が鳴り響く。兵士たちが一斉に顔を上げ、上空を睨んだ。
「ほら!揃って整列してますよ!カッコいいですねぇ!」
「準備運動で軍旗を振るわけあるか……!」
彼らが完全に敵意を向けていることに気付かないのは、フローラただ一人だった。
「もうちょっと近づきましょう!」
「いや、もう真上まで来てるから!帰るぞ!」
フェンリルがピィッと指笛を鳴らす。グリフォンたちは素直に旋回し、帰路につく。
その瞬間、フェンリルの視線が眼下の騎馬の一団に吸い寄せられた。
銀の髪をなびかせた女騎士――鋭い瞳がこちらを捉え、わずかな刹那、視線が交錯する。
(うわ……めっちゃ睨まれた……怖っ)
慌てて目を逸らすフェンリル。背中に冷や汗が流れる。
「もうちょっと見物したかったなぁ、残念」
不満げなフローラに、フェンリルは小声で返した。
「十分すぎるほどやっただろ……疲れた」
こうして、二人とグリフォンたちは魔王城への帰路についた。




