魔王城の人たち①
怒髪天を衝く
フィーネは激怒した。
いや、激怒では生ぬるい。――彼女はブチ切れていた。
きっかけは自室での片付けだった。先日届けられた一本の薬瓶。形は彼女が調合してゼノに渡した胃薬とほとんど同じ。だが、蓋を開けて匂いを嗅ぎ、ほんの少し舐めてみた瞬間、彼女の眉がぴくりと跳ねた。
「……これは…………っ!?」
一拍置いて、机をバンッと叩く。
次の瞬間――
「なにこれええええええ!!絶対に許せません!!!」
怒声と共に椅子を蹴立てると、彼女は勢いのまま部屋を飛び出した。
---
そのころ魔王ゼノは執務室で静かに書類の整理をしていた。
慣れない執務にも少しずつ順応し、机の上には珍しく整然と並んだ帳簿。
(今日は平穏だな……ヴォルクとリリスはラグノールだし……)
と、思った矢先だった。
――ドカドカドカッ!
荒々しい足音が廊下を響かせる。
(ガルドか? それともレミが悪ふざけでも……)
ドンッ!
扉が破壊される勢いで開け放たれる。
「魔王様ァァァァァ!! どういうことですか!!!」
「……は?」
飛び込んできたのは、普段なら誰より落ち着いているはずのフィーネだった。
顔は鬼の形相。声は雷鳴。怒気に圧され、ゼノは思わず椅子ごと一歩下がる。
(お、おい待て。俺なんかしたか? あれ……俺って魔王だよな……?)
---
執務室の外では、兵士たちがひそひそ声を交わしていた。
「フィーネ様が……声を荒げてる……」
「魔王様、詰んだな……」
「合掌……」
---
「これを見てください!」
フィーネが机をドンッと叩き、ゼノの目の前に瓶を突きつける。
その勢いにゼノは完全に腰が引け、視線を逸らした。
「え、えっと……これは……俺が飲んでるやつ……に似てるけど……違う?」
「そうです!! 中身は雑すぎる、毒に片足突っ込んでる粗悪品です!!」
(見ても分からんけど……相当ヤバいのは伝わってきた……)
「これは私の薬を真似た模造品! しかも王国で流通しているんですよ!! こんなふざけた真似、絶対に許せません!!」
(ああ……盗まれたことより品質が問題なのか……さすがフィーネ……)
---
「ちょっと犯人を探して、今すぐ命を刈り取ってきます!」
フィーネは部屋の隅から大鎌を引き抜き、そのまま廊下へ駆け出そうとする。
「待て待て待て! 落ち着け!!」
ゼノの制止も虚しく、大鎌を振りかざしたフィーネは本気そのもの。
そこへロキがのんびり顔でひょいと現れ、ひと抱えで羽交い締めにした。
「はいはいストップ〜。深呼吸ね、お姉さん」
「放してください! 犯人がトイレに逃げ込んでいたとしても必ず探し出してぶっ殺してやる必要が……!」
(ああ……やっぱりフィーネも魔王軍なんだな……)
ゼノはしみじみとそう思いながら、机に戻るとフィーネ印の本物の胃薬を一口。
爽やかな甘味が喉を伝う。
(……胃に効くなぁ。いや、俺の人生にも効いてほしい……)
そんな苦笑と共に、執務室の空気は騒がしくも妙に平和に満ちていた。




