国境砦にて⑨
軍事演習・後半
再開の鐘が鳴る前、砦前の空気は緊張で張りつめていた。
後半戦は、二番隊――ヴィクトール率いる砦守備隊が攻め手だ。
「姉さん、リューン隊が守るっていっても、さっさと逃げちゃえば勝ちじゃないの? あっちは機動力が段違いでしょ?」
横で杖を抱えたミレイユが、気楽そうな声を出す。
マーリスは首を振った。
「それじゃ訓練にならないわ。今回は砦前での戦闘を想定してる。砦から離れずに継戦できるか――それが肝なの」
「つかず離れずってこと?」
「そう。攻め手は私たちを追い散らそうと仕掛けてくる。そこをどう捌くか、ってわけ」
そのとき、重い軋みを響かせて砦の門が開いた。
そこから現れたのは、分厚い鎧に身を包み、大盾と長槍――騎乗用ランスを構えた重騎馬たち。馬格も一際大きく、さらに甲冑までまとっている。
「……なにあれ、矢なんて通らなそう」
「あれが砦防衛の虎の子部隊よ。長距離は苦手だけど、その重さと突進力は要塞をも崩す」
「うわぁ……姉さん、大変だね」
妹の呟きを聞き流しながら、マーリスは視線を前に固定する。
再び鐘が鳴った――開始の合図だ。
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地響きのような音とともに、重騎馬部隊が突撃してきた。
その圧迫感は、まるで地面ごと押し潰されるかのようだ。狙いはリューン隊の中央。受け止めれば押し潰されると見たリューンは即座に回避を選び、部隊を左右に割った。
だが、重騎馬は遅くない。
重装のまま、短距離では驚くほどの瞬発力を発揮し、後続の一部を捉えた。
「なかなかの速さ……。近距離なら無敵か」
リューンは息を吐く。
持久戦には向かないだろうが、砦の近辺を防衛するための推進力としては十分すぎる。
追い散らされて包囲が崩れるかと思われたが、リューンは副官と連携して巧みに回避し、追撃をかわしながら再び包囲網を形作る。
その様子を、砦上のヴィクトールが見下ろしていた。
「相手に休む隙を与えるな! 弓兵、矢を射掛けろ!」
矢の雨が降り注ぐ。軽装のリューン隊は防ぐ手段が乏しく、動き回って回避しながら、再び包囲、そしてまた回避――その繰り返しだ。
しかしその間に、二番隊の歩兵部隊がじりじりと前進し、包囲はじわじわと砦から離れていった。
「すごい攻勢……それを捌くリューン殿も流石だけど」
マーリスは当初リューンに追随しようとしたが、速度で遅れを取り、独自に部隊を動かすことにした。
自分の装備はリューン隊より厚い。それを活かし、迫る重騎馬の突撃や矢を盾で受け止め、敵の注意を引きつけては乱す。
「……マーリスめ、いいところで邪魔を」
ヴィクトールが苦々しい顔をする。
マーリスは気づかぬまま、その動きでリューン隊の弱点を補っていた。
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そのとき、再び鐘が鳴った。
しかしそれは終了の合図ではない。甲高く急を告げる――緊急事態の鐘だった。
兵たちは動きを止め、周囲を見回す。
「空だ!」
ヴィクトールの声に釣られて視線を上げる。
陽光を遮る影が近づいてくる。羽ばたきの風圧が頬を打ち、甲高い鳴き声が響く。
「……グリフォン!」
四肢と鷲の翼を持つ魔獣の群れが迫っていた。
数匹が編隊を組み、砦へ突進――かと思いきや、直前で反転し飛び去る。マーリスたちはその真下を通過され、至近距離で観察できた。
「あれ……魔族?」
先頭のグリフォンの背に、人影があった。
このまま突っ込んでくるかと思われたが、グリフォンは砦の前で踵を返し、そのまま離れていった。
遠ざかり、視界から消えた直後、今度こそ演習終了の鐘が鳴る。
兵たちは演習の成果よりも、空を飛び去った存在の正体にざわめいていた。
胸の奥に、不穏な影だけを残して――。




