国境砦にて⑦
合同軍事演習開始
軍事演習が始まった。
国境砦の前に広がる平地には、二国の兵士たちが整然と並び立ち、掲げられた旗が冷たい風に揺れていた。王国の紋章と、バルヴェルクの黒き双角――互いに相容れぬ紋章が、今日に限って同じ空の下で翻っている。
マーリスは列の中で愛馬を操り、周囲の兵と呼吸を合わせた。昨日、一日中叩き込まれたバルヴェルク式の合図と動きが、まだ身体に馴染んでいない。けれど、考える暇もないほど号令は次々と飛ぶ。
「隊列、楯列へ! 風の合図、三歩前進!」
バルヴェルクの指示は抽象的だ。数字よりも、風や呼吸といった感覚を基準にしている。それでも、周囲の兵たちは一糸乱れず陣形を変えていく。王国の規律では考えられない柔軟さだった。
(速い……!)
マーリスは驚嘆しつつも、必死に合わせる。リューン隊は流れるような動きで次々と陣形を変化させ、二番隊は重厚な盾列を組み、互いの隙を埋め合う。性質の異なる二つの戦術が、今この場でかみ合っていた。
標的演習が始まると、風景はさらに鮮烈になった。
走る馬上から弓を放ち、矢が的を撃ち抜く。続けざまに別の兵が火魔法で炎の矢を重ね、最後に槍兵が突撃して仕留める。剣、弓、魔法――それぞれが一連の流れとして繋がっていた。王国の常識では、剣士は剣士、魔術師は魔術師。だが、バルヴェルクは境界を設けない。混成の一撃がこんなにも滑らかだとは、マーリスは初めて知った。
「これが……バルヴェルクの戦い方……!」
その違いに、胸の奥が熱くなる。
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鐘の音が鳴り響いた。警鐘にも似た重い響きが、砦の空気を一変させる。
「ここからが本番だぞ!」
副官の掛け声に、兵たちが一斉に武器を構えた。ここからは実戦形式。リューン隊が攻め、二番隊が守る。
「――突撃!」
リューンの号令と同時に、馬が一斉に駆け出した。地面を蹴る蹄の音が重なり、風が耳を裂く。マーリスは必死に食らいついた。リューンの馬は速い。だが、それ以上に恐ろしいのは彼の「止まる速さ」だった。
前に出たかと思えば、一呼吸置いて急停止し、次の瞬間には横合いから斬り込む。その変幻自在な動きに、防御側の二番隊は目を奪われる。しかし、彼らもまた最前線の歴戦。乱れた陣形を即座に組み直し、盾と槍の壁で突撃を受け止める。
「白銀殿、左へ! 風を追え!」
リューンの指示は相変わらず感覚的だった。だが、今のマーリスにはそれが不思議と分かる。馬の呼吸、風の流れ――自然と身体が反応した。
(……行ける!)
剣を抜きざま、盾列の隙間へ切り込む。しかし、二番隊の槍がすぐさま突き出され、寸前で止められた。防御の堅さに舌を巻きながらも、マーリスは反射的に馬を跳ねさせて後退。副官の部隊による陽炎魔法が相手の視界を惑わせ斉射、混戦へと戻る。
突撃、後退、再び突撃――。
短い休止を挟みつつ、何度もそれを繰り返すうちに、マーリスの感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
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数度の攻防の後、リューンが手を挙げた。小休止の合図だ。
マーリスは荒い息をつき、馬の首筋を撫でる。隣で同じく息を整えるリューンは、なお余裕の笑みを浮かべていた。
「慣れてきましたかな、白銀殿?」
「……必死です。でも、面白い」
「はは、それは何より。ここからが本当の見せ場ですぞ」
ミレイユが後方から声を掛けてくる。
「姉さん、顔が真っ赤よ? 緊張? それとも楽しい?」
「やかましいわね……!」
「しかし……さすがにヴィクトール殿、堅守ですな」
「魔王軍との最前線ですから、ここが脆いようでは困ります」
「白銀殿なら、ここからどう攻めますか?」
リューンがニヤリとして聞いてくる。
「そうですね……あそこまで固められると正面突破は難しいでしょう。横を抜けて意表を突くとか……」
「悪くありませんが、ヴィクトール殿なら、対応してきそうですな」
「確かに……」
「意表を突くとは何も攻める方向だけではない、というやつです」
「それはどういう……」
小休止は終わりとばかりに再び馬を駆る。
リューンは馬首を返し、不敵な笑みを浮かべた。
「――実際にお見せしたほうが早いでしょう。次は意表を突いてみますか」
その一言で、マーリスの胸が高鳴る。
蹄の音が再び大地を叩き、戦場の熱気が一層高まっていった。




