国境砦にて⑤
国境砦へ帰還
魔王領からの長い行軍を終え、マーリスたちはようやく国境砦の門をくぐった。夕暮れに染まる空を背景に、無事の帰還を迎えた騎馬隊の姿は、さながら凱旋にも似た光景だった。
砦の広場にはすでに別動隊――副官率いる部隊の姿があった。馬を繋ぎ終えた彼らの様子はどこか疲弊しており、中には包帯を巻いた者もちらほら見える。
「これは白銀殿。無事に帰られたようで何よりです」
副官が笑みを浮かべて声をかけてくる。
「ええ、こちらは特に問題もなく。それより……そちらの様子が少し気になりますが」 マーリスは包帯を巻いた兵士に目をやる。
「野盗の集団と一悶着ありましてね。大した連中ではありませんでしたが、いささか数が多くて」
副官の口ぶりは軽いが、その背後にある緊張は隠しきれない。
「戦闘があったのね……」
思わず漏らした言葉に応じるように、背後からリューンが姿を現した。
「手傷を負うとはな。たるんでいるのではないか?」
「何分、数が多かったもので」
「まあよい。して、相手は……」
副官がちらとマーリスの方を見た後、声を潜めるように言う。 「まだ確定ではありませんが、可能性は高いかと」
「なるほどな」
リューンの口元が僅かに引き締まる。
「白銀殿、今日はお疲れでしょう。明日に備えてゆっくりお休みください」
「……分かりました」
そのまま副官と再び何やら打ち合わせを始めるリューン。飄々とした印象の彼には似つかわしくない、真剣な眼差しだった。
(あの顔……ただの打ち合わせとは思えない)
疑念を胸に抱きつつ、マーリスは砦内の自室へと足を向けた。
部屋に戻ると、ちょうどミレイユが帰ってきたところだった。
「おかえり、姉さん。いや、白銀殿」
「やめてよ、もう……」
ミレイユが悪戯っぽく笑う。
「ごめんごめん。なんかこっちの魔法部隊まで皆して白銀白銀言うんだもの。私なんて“白銀の妹殿”よ」
「それは……なんか、申し訳ない気分だわ」
二人はベッドに腰掛けながら、自然と今日の出来事を語り合い始めた。
「バルヴェルクの魔法って面白いわね。発想が全然違うのよ。剣と弓と魔法が、まるで一つの動作みたいに繋がってるの」 ミレイユの目はきらきらと輝いている。新たな知識と技術に触れた興奮が抑えきれないようだ。
「私はひたすら馬に乗ってたわ。……単純に、馬術が凄いのよね。言葉で指示しなくても、意思が伝わってるような動きだった」
「そういえば戦闘があったって聞いたけど、大丈夫だった?」
「うん。私がいたのはもう一方の隊だったから、特に問題なかったわ」
「残念だった?」
「別に私は戦闘狂じゃないわよ」
肩をすくめるマーリスに、ミレイユが笑いながら首を振る。
「……ラグノールが見えるところまで行ってきたのよ」
「えっ、そんなに遠くまで? よくこの時間に帰ってこられたわね」
遠く離れた港町の名前が出て、思いがけず驚くミレイユ。
「どうも、リューン隊は“何か”を探していたように思えるの。普通の偵察とは、ちょっと違う雰囲気だった」
「そりゃ魔王領内に入ったんだから、調査くらいはするでしょうよ」
「それだけじゃなくて……。何ていうのかしら、コソコソしてる感じ」
「リューン隊長が?」
「うん。あの人にしては、言動が引っかかるのよ。私に何かを隠しているような、そんな空気」
ミレイユがしばし黙り、そして肩をすくめた。
「でも何なのかは分からないわね」
「そうなのよ。……何なのかしらね」
二人の間に、静かな緊張が流れる。
「それより演習のほうはどうなの?」
「さすがに急すぎて厳しいわ。明日のうちに一通り合わせないといけないって、ちょっと無茶じゃない?」
「ふふ、弱音?」
「違うわよ!……でも正直、余裕はないわ」
窓の外では、砦の灯がぽつぽつとともり始めていた。
「じゃあ、早く寝なきゃね。白銀殿」
「……やめてってば」
マーリスは苦笑しながらベッドに潜り込む。
(何かが動き出す気がする……)
胸の奥に残った違和感を抱えたまま、マーリスはまどろみへと沈んでいった。




