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国境砦にて④

動き出すリューン隊


「バルヴェルクの魔法を学べるなんて……これ以上の機会はないわ!」


 リューンからの話を聞いたミレイユはその瞳を輝かせ、まるで少女のような笑顔でリューン隊への同行を喜んでいた。


 その姿に、マーリスは一瞬言葉を失う。妹のそんな表情は久しく見ていなかったからだ。


 砦の一角で、ヴィクトール隊長が深いため息をつく。最初は断ったが、オブザーバーでの参加ということで粘られた。


「まぁ……白銀のマーリスがいれば、大丈夫だろう」


 そう呟く声には、彼なりの葛藤が滲んでいた。王国軍の規律ではまず考えられない状況だ。異国の部隊に、王国の魔術師がオブザーバーとはいえ同行するなど。


 それでも、すでにマーリスの同行が決まっているならば、とその決断を下したのだ。


 マーリスはそんな隊長の背に一礼すると、そっと妹に視線を向ける。


(……そんなに無邪気に喜ばれても、姉としては心配なのよ)

 口には出さなかったが、胸の奥に小さな不安が芽生える。


 王国の常識を越えたこの編成、その先に何が待つのか、予感めいたものがあった。


……


 砦の門を出たとき、マーリスは思わず背筋を伸ばした。魔王領の風が頬を撫でる。その風は冷たく、乾いていて、何か得体の知れない重さを含んでいた。


(この空気……王国のそれとは、まるで違う)


 リューン隊が動き出す。無駄のない一糸乱れぬ馬の歩調が、自然と周囲の空気を引き締めた。マーリスもまた、愛馬のたてがみを撫でると、鼓動を落ち着けるようにひとつ息を吐き、馬腹を軽く蹴った。


 そのまま、国境砦外の魔王領へ――彼女たちは足を踏み出した。



 国境砦の門が遠く霞んで見えるほど、リューン隊は魔王領内を駆け抜けていた。冷たく乾いた風がマーリスの頬を切る。緊張のあまり、無意識に指先が手綱を強く握りしめる。


(ここはもう、王国の守りの線を越えた地……)


 馬の蹄音は不思議なほど静かに響き、リューン隊の騎馬はまるでこの地に馴染んでいるようだった。無駄な動きのない馬術で、起伏の多い土地を滑るように駆ける。


「この速さ……ただの速さじゃない……」


 マーリスは唇を噛み、必死に愛馬で追従する。だが、胸の奥に沸き起こるのは劣等感ではなかった。この地を、彼らの戦い方を学びたいという純粋な熱だった。


「ここで休憩としよう!」


 先頭の副官の声が、張り詰めた空気を和らげた。


 小川のほとりで、馬たちが夢中で水を飲む。マーリスも一息つき、額の汗を袖でぬぐった。

そこへ、リューンが手招きする。


「白銀殿、こちらへ」


 誘われるまま、少し離れた小高い丘へと歩くと、広大な景色が視界を包み込んだ。国境砦の尖塔が遥か彼方に見え、その小ささにマーリスは驚愕する。


「ここまで来ていたとは……もう少し付近を回るものかと思っていました」


 リューンは肩をすくめて笑った。


「風が気持ちよかったものでして」


 冗談とも本気とも取れぬその表情に、マーリスは言葉を詰まらせた。


「これから、さらに奥を目指す組と、ここで引き返して周囲を見て戻る組に分かれるつもりです」


「さらに奥……危険では?」


「危険と安全は紙一重。危ないと思えばすぐ引く。それだけです」


 その目は笑っていなかった。マーリスの胸に、危険だという気持ちと、フローラ奪還に力を貸せなかった悔しさが蘇る。


「……私も奥へ参ります」


 リューンの口元がわずかにほころぶ。


「良い返事です」


 副官に帰路のルート確認を細かく指示するリューンの横顔を見て、


(飄々としているようで、慎重な人ね……)


 とマーリスは感じた。



---


 魔王領深部はさらに人の気配が薄く、道は獣道に近かった。魔物との遭遇もあったが、リューン隊の騎馬戦術は見事で、一当てしては離脱、機動力で翻弄して危なげなく切り抜ける。


 そして、一行は高所へと至った。木々が切れ、視界が開ける。そこに広がっていたのは――


「ラグノール……」


 遠くに見えるその町並みは、港、並ぶ家々、そして青く輝く海までもが一望できた。


 マーリスの胸には、レオン達が潜入した街だという思いが去来した。


「聖騎士レオンが、あそこに潜入した話、聞いております」


 リューンも同じことを考えていたようだ。どうやら話は伝わっているらしい。


「ええ……私もそのように……」


 リューンが目を細め、遠くの海を見据える。


「……海戦か?」


 マーリスも双眼鏡を取り出す。遠く船影が揺れ、確かに交戦しているようだった。


「よく見えますね、あんな距離……」


「慣れですな」


 マーリスは甲板の上で刀の閃きを見た。その鋭い光に、思わず息を呑む。


(ここからでも分かる……あの太刀筋……あんな手練れが魔王軍に……?)


 船から目が離せないマーリスを横目にリューンは部下の報告に耳を傾け、すぐさま判断を下す。


「潮時ですな。見つかる前に帰る。それが生還の鉄則です」


 マーリスは後ろ髪を引かれる思いで双眼鏡を下ろした。


「了解です……」


 無言の合図で隊が動き、音もなく馬たちは帰路につく。マーリスはラグノールの影を見つめながら、


(この海戦……魔王軍も動き始めているの?)と静かに考えていた。


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