国境砦にて③
<マーリスの苦悩>
砦の執務室に通されたマーリスは、正面の席に座るヴィクトールの顔を見つめた。質素な軍装のその大男は、やはり威圧感を漂わせている。だが、その目の奥には不思議な温かさがあった。
「マーリス、お前は今回リューン隊で演習に参加してもらう」
開口一番、ヴィクトールはそう告げた。
「リューン隊で……? 私は二番隊には不要ということですか?」
反射的に声が出た。気づかぬうちに、語気が少しだけ強くなっていた。
ヴィクトールは苦笑し、手を上げて宥める。
「まぁ、そういきり立つな。そういう意味ではない。これはリューン殿たっての希望なのだ」
「リューン殿が……?」
驚きに眉を寄せる。あの老将が、自分に――?
「そうだ。それにな……」
ヴィクトールはわずかに口元をほころばせた。
「守りの型ばかり繰り返す我々の中にいるより、変幻自在のリューン隊で学ぶ方が、お前には面白いだろう」
マーリスは言葉を失った。窓の外に視線をやるが、答えが見つかるわけもない。
「顔が物語っているぞ、白銀」
「白銀なんて、からかわないでください……居心地が悪いです」
頬が熱くなるのを自覚し、マーリスは目を逸らした。
ヴィクトールは笑みの中に真剣な色を宿す。
「なに、見た目どおりの異名も悪くない。しかもリューン殿に目をかけられたとなれば、箔もつくというものだ」
「しかし……」
「いずれ必要になる名だ。これからも魔王軍と戦っていくのならな」
ヴィクトールの声には、どこか未来を託す響きがあった。
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その数刻後、マーリスは訓練場の会議室にいた。リューン隊の副官たちが地図と作戦案を並べ、手際よく説明を続ける。
マーリスは耳を傾けるが、言葉の選び方、戦術思想の違いに頭が追いつかない。命令系統、立ち位置、動きの間合い。全てが微妙に、だが確実に王国騎士団と違った。
理解が難しく難儀しているところに、先ほどのヴィクトールとのやり取りが思い起こされる。
(いずれ必要になる……本当に?)
「ここまでで把握いただけましたか?」
副官に問われ、ハッと我に返る。
「い、いえ。申し訳ありません。もう一度お願いします」
声が硬くなったのが、自分でもわかった。
リューンが穏やかな笑みを見せる。
「違う組織で動くというのは勝手も常識も違うものです。無理もありません。遠慮なく頼ってください」
再び説明が始まり、今度はマーリスも集中して聞くことができた。
(こんなに違うものなの……)
説明が終わり、副官が柔らかい調子で言った。
「演習は三日後ですから、早く慣れてくださいね」
「三日後!? 普通は一週間ぐらいでは……」
驚きで声が上ずる。
リューンは声を上げて笑った。
「ははっ、我々は止まっていられない性分でしてな。三日後でも遅いくらいです」
副官が優しく。
「白銀殿なら大丈夫です。基本戦術さえ掴めば応用は自然に身につきます」
「……ええ……」マーリスは内心で頭を抱えた。
(白銀……この異名、重荷になりそう……)
リューンがふと問いかける。
「ところで、ミレイユ殿は?」
「ミレイユは宮廷魔術師ですから、こういった演習には……」
「つまり王国側では参加しないと?」
「ええ……まあ、そうです」
「では我らの側に参加していただけるよう掛け合ってみましょう」
「えっ、そんなこと……できるんですか?」
リューンはにやりと笑った。
「ものは試し。砂の交わりも一粒から、と言うでしょう?」
「……そんな言葉聞いたことないです……」
マーリスは心の中で小さくため息をついたが、どこか不思議と笑みがこぼれそうになった。




