国境砦にて②
<隊長同士>
国境砦の門が、重々しい音を立てて開かれた。リューン隊は隊列を整えたまま、ゆっくりと砦内へと歩を進めた。
石造りの壁が間近に迫り、古い戦の傷跡と、所々に新しい石で継ぎ足された補修の跡が、幾度もの戦を物語っていた。
砦の広場には使い込まれた訓練具と弓台。高く掲げられた軍旗が、冷たい山風に音を立ててはためく。
兵たちの視線が、バルヴェルクの兵を無言で追った。好奇心と警戒心、そして見えない緊張が広場に漂う。
リューンの目が静かに砦の全貌を見渡す。
(……国境というのは、いつもこの空気だな。戦を拒むことも、受け入れることもできぬ地)
その頃、マーリスとミレイユは案内された簡素な宿舎の一室に腰を下ろしていた。
ミレイユが、そっと息をつく。
「ようやく……休めるわね」
だが姉のマーリスは、窓の外を黙って見つめたままだ。広場に立つ兵たち、整然と駐屯準備を進めるリューン隊。その光景に、何かを探すような瞳だった。
(私は、もっと……。)
---
リューンは砦の司令室で、ヴィクトールと対面していた。
ヴィクトールは大柄で、軍装も質素で無駄がない。威圧感をまとった男だが、その目の奥に、戦場で削られた者特有の静かな疲れがにじんでいた。
「バルヴェルク国のリューンです。魔王軍への抑止のため、援軍として参上しました」
「リューン殿、よくぞお越しくださいました。この国境砦で歴戦の将を迎えられるとは……これ以上の心強さはございません」
「老骨の身ですが、お力添えになれば幸いです」
形式的な挨拶の中にも、互いの胸に去来するものがあった。国の思惑、戦の影、国境という場所の重み。それを互いに言葉にはせず、次の話題に移る。
ヴィクトールが口を開いた。
「まずは道中の疲れを癒していただき、その後に演習の段取りを……」
「いえ、三日後で願います」リューンは静かだが断固とした声で言った。「常在戦場の心持ちでおりますゆえ、今すぐでも構わぬほどです」
ヴィクトールは意外そうに目を細めたが、すぐに深く頷く。
「……承知しました。我らもそのつもりで準備に入ります」
演習の流れを確認する。
「まずは共同防衛訓練、次にリューン隊の攻勢を我らが防ぐ訓練、そして最後に我らの攻勢をリューン隊が防ぐ訓練という流れで考えておりましたが」
「異論ありません。それが最も良い流れでしょう」リューンは即答した。
---
そこでリューンは表情をわずかに和らげ、ふと頼みごとを切り出した。
「一つ、お願いがあります。白銀殿を、我らの陣営に入れていただけないでしょうか」
「白銀……?」ヴィクトールが怪訝に首を傾げる。
「ああ、マーリス殿です。兵どもの間でそう呼んでおりまして」
リューンが少し笑みを含む。
「兵たちの間で妙に人気がありましてな。彼女がいたほうが士気が上がるのです」
「なるほど……確かにあの者には独特の気迫がある。問題はありません。我々の二番隊と一番隊とでは動き方が違う。ならばリューン殿の元で学ぶことが良い経験にもなるでしょう。ご配慮、感謝します」
ヴィクトールの心に、ふと一番隊の隊長、老将カールの面影が浮かぶ。
(……御老体、いよいよ覚悟を決められたか)
---
「それでは、副官らを招き、細部の調整を進めましょう。後ほどまた」
リューンが礼を述べ、部屋を後にする。
司令室に一人残ったヴィクトールは、しばし沈黙したまま、窓の外に視線を投げた。
砦の外、山風に軍旗が音を立て、石壁に幾度もの戦の影を落としている。
「国境は因果な地……守るもの、守られるもの、国の思惑、すべてが交わる場所だ……」




