国境砦にて①
<街道を進む>
街道を進むリューン隊の隊列は、山風にわずかに揺れながらも乱れはなく、国境の地に向かうに相応しい緊張感を漂わせていた。
空は晴れていたが、国境地帯特有の薄い霧が渓谷の間を流れ、遠くの稜線をぼんやりと霞ませている。
「なんとも静かだな……」
リューンが小さく呟いた声は、風に溶けるように消えていった。彼の横に並ぶ副官が目を細め、低く応じる。
「……この静けさが嵐の前でなければ良いのですが」
兵たちは疲れの色も見せず、淡々と歩を進めていた。道すがら見える緑の山並み、澄んだ川の流れ、荒れた岩肌――バルヴェルク国内の風景とは異なる景色に、兵の一部は感嘆の声をあげる。隣のものと感想を話している兵たちもいる。彼らは異国に足を踏み入れているのだ。その事実が、胸の内にわずかな高まりを呼び起こしていた。
隊列の後方、マーリスは駱駝の背で慎重に手綱を握りしめていた。背の高い獣の歩調に身体が揺れるたび、無意識に息を詰める。
「……ふぅ、少しは慣れてきたかしら」
額に滲む汗を袖で拭い、ちらと振り返れば、少し離れた位置にミレイユの姿があった。自分の愛馬にまたがる妹は、駱駝を嫌がる馬をなだめつつ姉の様子をじっと見つめている。
(姉さん……焦りすぎよ)
ミレイユは思わず胸の内で呟いた。
昨年の魔王軍襲撃。あの戦いで姉は武功を挙げたが、本人の顔にあったのは誇りではなく、どこか悔しさの滲む表情だった。
(フローラ様の奪還作戦に加われなかったことも……きっと姉さんを苛立たせたんだわ)
その背を追い立てるものが何か、ミレイユには痛いほど伝わっていた。
「ミレイユ!」
駱駝に乗ったままマーリスが笑みを見せ、ミレイユのもとへ歩み寄る。駱駝の長い脚が土を踏む音に、ミレイユの馬が鼻を鳴らし、嫌そうに耳を伏せた。
「ほら、割と乗りこなせてきたでしょう?」
「……あまり駱駝にばかり乗っていると、愛馬が拗ねますよ」
マーリスははっとして、遅ればせながら愛馬の鼻面に手を伸ばし撫でた。
「ごめん、ごめん。後でしっかりブラシをかけるから」
その時、柔らかな声が二人に届いた。
「そろそろ、砦が見えてきたところですな」
リューンが気さくな口調で声をかけ、マーリスと駱駝に視線を向けた。
「駱駝は扱いが難しいという話ですが、ずいぶん上達しましたな、マーリス殿」
「……ありがとうございます。おかげさまで、ようやく慣れてきたところです。けど、まだまだです」
リューンは穏やかに微笑み、前方を指さした。
「このあたりは緩やかな登りが続きますが、穏やかな道中です。ここまで来れば砦はすぐですよ」
「国境砦に詰めているのは二番隊、ですね?」
「はい。魔王軍の侵攻に備える、防衛戦に長けた部隊です。隊長はヴィクトール殿。体格も威圧感も一級で、まさに国境の番人という印象でした」
「なるほど……頼もしいことです。マーリス殿は面識が?」
「会ったのは数度、大きな会議の席くらいです。私も副隊長に任じられてまだ日が浅いもので……」
「そうですか……マーリス殿の見聞を広める機会でもありますね」
リューンの目が僅かに細められた。彼の内心に何が去来したのか、マーリスには知る由もなかった。
やがて霧の向こうに砦の石壁が見え始めた。
古い戦の傷跡が残り、部分的に新しい石で補修された壁、風に晒された木製の門。その全てが、ここが平和を許さない場所であることを告げていた。
見張り兵が砦上から旗を振り、リューン隊の到着を確認する。
「……ようやく、到着ですな」
リューンの声は静かだったが、その声音には、どこか目に見えない圧力を押し返そうとするかのような力強さがあった。
国境という、戦と不信の影が常にまとわりつく場所に、リューン隊はついに足を踏み入れたのだった。




