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ドミニク領内の調査⑩

<再び、伯爵邸にて>


 再び訪れた伯爵邸。かつては威厳ある佇まいを保っていた石造りの屋敷も、どこか寂しげに映るのは、訪れる者の心に陰りがあるからだろうか。


 応対に出た執事は、いつにも増して神妙な面持ちだった。


「申し訳ありませんが、伯爵様は本日は面会を……」


「我々は近日中にこの地を発ちます。せめて、そのご挨拶だけでも」


 レオンが穏やかな口調で告げると、執事は少し迷いながらも頷いた。


「……少々お待ちくださいませ」


 執事が去ってからの時間は、妙に長く感じられた。やがて戻った彼が小さく頭を下げる。


「お通しできます。どうぞ、奥の客間へ」


 案内された先には、深紅の絨毯と重厚な書棚が並ぶ応接室。そこに、少しやつれた様子の伯爵が立っていた。


「……貴殿らには、感謝しなければならないようだな」


 重々しく、それでも誠意ある声音だった。


 内心、何を言われるかと思っていたレオンはその言葉を聞いてホッとした気持ちになることができた。


 レオンたちは軽く頭を下げ、席につく。


 執事が静かに部屋を後にすると、伯爵は深くため息をつき、目を伏せた。


「……信用していたのだ。ルート商会が持参した紹介状にはバルヴェルク王の印があった。あの紹介状を疑う理由は、どこにもなかった」


 揺れる声で語り始めた伯爵の言葉には、言い訳よりも自責が強くにじんでいた。


「我が領は国境に近く、昔から賊の被害が絶えん。定期的な討伐隊の編成には金が要る。だが、貴族派が凋落した今、国庫の支援も細ってな……」


 顔を伏せた伯爵の言葉に、部屋の空気が重く沈む。


「そんな折だった。ルート商会が現れたのは。……彼らは、表向きは礼儀正しく、取引も明快だった。……だがあの紹介状さえなければ、ここまで信用はしなかったかもしれん」


 悔しげに握った拳が、微かに震えていた。


「貴族が守るべきは、民の暮らしだ。賊がいてはそれもままならん。私は……それを選んだつもりだったのだがな」


 しばしの沈黙の後、レオンが口を開いた。


「ひとつ、お尋ねしても?」


「なんだ?」


「我々がブラスで調査に入った直後、敵方に襲撃された件です。情報が相手に漏れるのが早すぎると思いまして」


 伯爵は目を細め、考え込む。そして、何かを思い出したように、執事を呼び戻す。


「……お主、あのとき商会関係の業者に何か知らせたりは?」


「……あ。はい。変な誤解を避けるため、街の各店舗や組合に向け“レオン殿達が調査に赴くので協力するように”と通達いたしましたが……」


 レオンは思わず息を呑み、伯爵は膝に手を置いたまま深く頭を垂れた。


「……余計な気遣いが、貴君らを危険に晒したか。すまぬ」


「いえ、あの襲撃があったことで、我々はより深く探るきっかけを得ました」


 レオンの言葉に、伯爵は小さく頷いた。


「ルート商会には、王国法に照らして処分を下すつもりだ。あの印章も、本物かどうか含めて調査中だ。私の判断で招いた結果だ、全ての記録は提出させよう」


「ご協力、感謝します」


 そのやり取りの後、話題は次第に終息へと向かっていった。


 立ち上がった伯爵は、窓の外に目をやりながら呟く。


「貴族とは、かつては民を導く柱であった……。だが今は、時代がそれを許さぬらしい」


 レオンたちは別れを告げた後に、深く頭を下げ、静かに部屋を後にした。


 廊下を歩きながら、レオンはふと振り返る。扉の向こう、背筋を伸ばして立っていた老貴族の姿が、脳裏に焼きついていた。


「ドミニク伯爵は、評判と違い領内のことをしっかり考えている方だったな……」


「そう、ですね。立派な考えを持った領主でした」


 帰り道、ふと呟いたレオンの言葉にシルヴィアが同意する。


「だが、市内の評判はよろしくない。結局、昔ながらの貴族の枠からは出ない人物だった」


 カイルが冷静な視点から評価を述べる。


「伯爵には資金不足を解決するために他にも選択肢はあったはずだ。それが見えていないからルート商会なんぞに引っかかる」


「それは……」


「その辺りにしておきなさい。帰ったら出発の準備に取り掛からなくちゃいけないんだから。やることばっかりよ」


 エレナに促され、それ以上は伯爵評について互いに意見を言わなかった。


(カイルの言うことにも一理あるのかもしれない――それでも、俺には、あの方が最初から最後まで“貴族”だったように見えた)


 その想いは、誰にも言わぬまま、レオンの胸に刻まれていた。


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