ドミニク領内の調査⑧
<撤退>
夜の闇を裂くように、矢が飛び交い、怒号が響く。
ルート商会の拠点となった廃村での戦いは続いていた。包囲はじわじわと狭まり、四人の戦力では限界も見えてくるかに思えたが、それでもレオンたちは粘っていた。
「そろそろ矢が尽きそうだぞっと……」
見張り台の上、ボウガンを構えていたダリウスがぼやくように言った。だが次の瞬間、視界の端に動きが走る。
裏手の方で、不自然に炎が上がった。
「お、あれは……カイルか!」
火の広がりは、彼が脱出に成功したことを示す合図。作戦通りなら、今が撤退のタイミングだ。
「無事に脱出できたか……。となると、あとはこっちの出口だな。エレナ!」
「わかってるわよ!」
エレナがすっと手を掲げ、空に向けて魔法を放つ。白銀の光が夜空に花のように咲き、一瞬、村を包む暗闇が晴れた。信号用の光魔法だ。
それにより火事の様子と煙が宵闇に映し出される。それを見た拠点のリーダー格の男が顔をしかめた。
「火事だと!? ……奴らの仕業か? とにかく消火しろ!荷に火を近づけるな!」
戦闘員の一部が命令に従い、消火活動に回される。荷物を守るため、いくつもの木箱が急ぎ屋外へと運び出されていく。その分、包囲の網が緩んだ。
レオンは剣を振るいながら、冷静にその動きを見ていた。
「今だ。押し返すぞ!」
「了解!」
「はいっ!」
その合図と共に、今まで防戦に徹していたシルヴィアが前に出る。防護に用いていた光の加護を刃と変え、前線へ。
エレナの魔法が敵の足を奪い、レオンの剣がその隙を鋭く突いた。三人の連携は見事で、崩れかけていた戦線が一気に押し戻される。
「おのれ……、貴様らの不利が覆されたわけではないぞ!」
敵を押し戻して間が空いたその隙に、ダリウスが見張り台から軽やかに降りてくる。
「レオン! そろそろだ!」
「了解!……シルヴィア!」
「はいっ!光よ、我らに道を!」
シルヴィアがメイスを高く掲げると、まばゆい閃光が迸った。敵兵たちが咄嗟に顔を覆う中、今度はエレナが地を叩くように詠唱する。
「舞い上がれ、塵よ――!」
土と風の複合魔法。辺り一帯が濃い煙に包まれ、視界が塞がれる。
「急げ!」
レオンの声に促され、四人は一斉に撤退を開始する。足音を隠す暇もなく、煙の中を駆け抜ける。
後方で追撃の気配を感じ、レオンとダリウスが振り返って油壺を割る。ぬかるんだ地面に油が広がり、足を滑らせた敵が一人、また一人と転倒する。
「逃がすな!追え!」
怒号が上がるとともに、敵兵たちが追いすがろうとする。そのときだった。
騎馬の蹄が地を鳴らし、村の外れに討伐隊が現れた。鎧に身を包んだ兵が馬を乗り入れ、敵兵たちと鉢合わせする。
「な、なんだ?」
「失礼、ブラスの討伐隊の者だ。付近の巡回中に火の手と信号魔法が見えたため、緊急事態と判断して駆けつけたのだが」
騎馬隊の隊長が冷静に名乗ると、商会のリーダーは作り笑いを浮かべた。
「おお、これは。実は我々も放火の犯人を追っていたところでしてな。お手を煩わせるまでもありません。大した被害でもありませんので」
「そうであるか。ならばせめて消火活動に協力しよう」
「助かりますな……」
丁重に応じつつも、男の額にはじっとりと汗がにじんでいた。
騎馬隊が火の勢いを抑えようと奔走するなか、男は一つのことに気づく。
――荷だ。密輸品を含む荷が、消火の混乱で屋外に運び出されてしまっている。
「しまった……!」
だがもう遅い。騎馬隊の兵が無造作に積まれた木箱の一つを開け、中身を見た。
「……これは?」
静かな声が、夜の余燼に響いた。




