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ドミニク領内の調査⑦

<地下牢>


 鉄と土の匂いが鼻を突いた。わずかな明かりすら差し込まない地下の空間。ここはかつて食料庫として使われていた場所――だが今や、粗末な鉄格子がはめられ、囚人を閉じ込める牢と化していた。


 その一角で、ユリウスは壁にもたれ、膝を抱えていた。


 寒さか、恐怖か、彼の身体は小刻みに震えていた。


「……なんで、こんなことに……」


 独り言とも、懺悔ともつかぬ声が漏れる。始まりは、あの聖騎士が持ち込んできた薬だった。


 魔王領から回収したという奇妙な薬――それは、彼ら薬学研究所にとって好奇心をそそられる一品だった。最初は、研究成果として名を上げるチャンスだと目を輝かせていた。だが解析結果は――ただの胃薬。


「特殊な素材、手の込んだ製法……だがそれだけだ。誰の役にも立たねぇ」


 落胆の中、彼だけは諦めきれなかった。これは金になるのではないか、と。

 しかし必要な素材が王国では手に入りにくいことを知ったときに彼は落胆した。王都の雑踏、酒場でぽろりとこぼした愚痴。そこに現れた一人の男――魔王領に伝手があるという。魔王領経由で手に入る原材料。

 彼はその誘惑に、抗えなかった。

 原材料は手に入った。薬作りもレシピが出来たことで量産体制に入った。不思議と人気が出て売れ行きも良い。最初は順調に思えた。だが――


「薬の荷と一緒に入ってくるのは……なんだ、あれ……」


 見たこともない、明らかに王国では禁じられている類の物資。気づいてしまった時には、すでに遅かった。逃げようとしたその晩、彼は背後から襲われ、この地下牢に放り込まれたのだった。


「はあ……バカなことを……。あの時、気づかなければ、俺は……」


 自嘲が漏れる。外では、何やら喧騒が続いていた。叫び声、金属のぶつかる音、地響きすらも。まるで、戦でも起きているかのようだ。


 ――ギィッ。


 重い扉の開く音に、ユリウスの身体が強張る。


 現れたのは、細身の青年だった。綺麗に整えられた黒髪、上品な身なりをしている。ここに巣食う粗暴な男達とは、明らかに違う空気を纏っていた。


「貴様がユリウスか?」


 鋭い声に、ユリウスは思わず頷く。


「そ、そうですが……お前は?」


「カイル。聖騎士部隊の一員だ。いくつか聞きたいことはあるが――今はその暇もない。手短に確認する。あんたは、ルート商会の仲間じゃないな?」


「違う!俺は、俺は……ただ、巻き込まれただけなんです!」


「なら十分だ。出るぞ」


 カイルが懐から鍵を取り出し、錠をひねる。軋む音とともに扉が開いた。自由への道が、わずかに開かれた。


「ま、待ってください……昨日、ここに女の人が連れてこられたんです。見たことのない女性だった。あれは……」


「女?この地下牢にはお前しかいなかった」


「じゃあ別の場所に……?」


「かもしれん。だが――」


 カイルは周囲に警戒を向けながら短く告げた。


「――今はとにかく、脱出だ」


 牢を抜け、二人は闇の中へと滑り出す。廊下は狭く、地面は湿気を含んだ土が這っていた。


 カイルが先導しながら、囁くように言う。


「声を出すな。ここはまだ、敵の巣だ」


 息を潜め、壁沿いに進む。先には、わずかな明かり――外界へ通じる隙間が見えた。


 その先に、まだ知らぬ真実と危険が待っていることを、ユリウスはこの時にはまだ知らなかった。


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