演習開始
演習当日。
竜鐙町役場で受付をし、手作り感あふれる案内看板に従って足を進め、役場横にある屋外運動場へとユウカが足を踏み入れると……何体かの幻獣と、それに付きそう大人達の姿が視界に入り込む。
鉄のような鉱石をまるで防具のように体に貼り付けた四足の犬か獅子と思われる幻獣、召喚主の肩にちょこんと座る長い尻尾をくるくると巻いたリスザルのような幻獣、鋭い鱗を何枚も何枚も重ね合わせアルマジロのようになっているトカゲを思わせる幻獣、空を舞い飛ぶ真っ赤な鳥の幻獣……地面の中に潜っているらしい気配だけを漂わせてくる幻獣。
大人達は男女いずれもスーツ姿で、革手袋をしていたり、木の棒や強化プラスチック盾、頑丈なロープで作られている網を構えたりしていて……それぞれ武器というか道具というか、今回の演習に使うための道具を用意してきているようだ。
中にはユウカのように幻獣無しで参加する者もいるようで……鍛えているのだろう、着ているスーツが筋肉によってはち切れそうになっている。
そんな参加者の面々を見回して……制服と運動服を組み合わせたような格好なのは自分だけで、運動場の隅にこっそりと立っているブキャナンでさえもスーツ姿で……やっぱり働いている人は皆スーツなんだなぁと、ユウカはそんなことを思う。
(……ブキャナンさんは……参加する気があるのかないのか、どっちだろ。
タダシさんは不参加かぁ、まぁサクラ先生に鍛えてもらった方が強くなれそうだしなぁ)
更にユウカがそんなことを考えていると、開始時刻となったのかぞろぞろと役場の職員と課長さんが運動場へとやってきて……そして最後にハクトとグリ子さんがこちらへとやってくる。
グリ子さんはクチバシがぶつかる事故を避けるためかクチバシキャップをしていて、鉤爪にもカバーをつけていて……クリップで羽毛にとめているのか『演習幻獣』という名札のようなものを身に着けている。
そしてハクトは驚いたことに、神社の神主が着ているような服……学院で装束だとか狩衣だとか習ったものを着ていて……カコンカコンと硬い音を立てている木製のサンダルのような履物を履いている。
緑色の狩衣に紫色の袴に、烏帽子のような、少し形を変えたような帽子を被ってまでいる。
そんなハクトとグリ子さんの姿を見た一同は一気にざわつき……目を鋭くし、拳を構え、冷や汗を垂らしながら魔力を練り……一見可愛らしくも見えるグリ子さんを前にして侮るような様子は一切無く、誰もが緊張した様子を見せている。
ハクトの名前がそうさせるのか、姿がそうさせるのか……それともグリ子さんが内包する魔力がそうさせるのかは分からないが、ハクト達の実力を正しく見抜ける者達が揃っていることをユウカは、内心で嬉しく思い……自分も負けじと魔力を練り始める。
そうこうしていると課長さんの挨拶が始まり、ハクトの自己紹介が始まり、課長さんによる演習に際しての諸注意の通達が始まり……同時に職員による結界の構築が始まる。
事前に準備していたこともあってそれはスムーズに進み、運動場全体を包み込み……鳥型幻獣やグリ子さんのためなのか、上空に長く伸びた円筒のような結界が構築される。
「―――では皆さん、怪我をしないようよく注意して、意義のある演習になるよう励んでください。
これより第一回幻獣災害演習、開始となります!」
構築が終わるなり様々な説明をしていた課長さんがそう言って……瞬間、その時を待っていたとばかりに何人かの大人達が動き出し、ハクト達へと襲いかかる。
今回の演習はハクト達を捕まえ、鎮圧することが目的だ。
そうなれば当然ハクト達はこの結界内を逃げ回るはずで……襲いかかった者達はその前に先手必勝、さっさと捕まえて点数を稼いでやろうと、そんな目論見であるらしい。
であるならばと、ユウカを始めとした何人かがハクト達が逃げるであろう場へと移動していると……まさかのまさかハクトもグリ子さんも逃げようとはせず、堂々と構えたまま迎撃しようという意志を見せてくる。
襲いかかった者達としてそれは全くの予想外で、驚くやら困惑するやらだったようだが、それも一瞬のこと、すぐに気を取り直してそれぞれの武器を構えて……そんな襲撃者に対しハクトは、両手をすっと振り上げて魔力を練り、長くたるんだ着物の袖を切り離したかのように放つ。
「そ、袖を!?」
ユウカが思わずそんな声を上げてしまう程に、それは奇妙な光景だった。
袖がまるで短冊切りにされたかのように千切れ、真っ直ぐに伸びて一本の長い帯のようになって生きているかのように蠢き、空中を走り……そのまま襲撃者達へと襲いかかる。
襲撃者達はそれに驚きながらも帯へと各々手にした武器や拳を振るい……帯はガキンッと布とは思えない音を上げてそれらとぶつかり合う。
どうやら帯に魔力を通しているらしい、それでもって操り強度を上げているらしい。
気付けばハクトが着ていた着物全てが切り離されて変化していて、両手から伸びる四本の帯へとなっていて……それでもってハクトは襲撃者達を容赦なく打ち払い、縛り上げ、地面に押し倒し無力化させていく。
「災害召喚主に制圧されたとしてそれぞれ10点減点です!!」
するとそれを見ていた課長さんがそう声を上げて……襲いかかることなく様子を見ていた参加者がどよめく。
「あれが矢縫の隠された奥義か!?」
「そもそもあの服はなんだ、どんな材質で作られている!?」
「まさか吉龍様のそれと同じ、幻獣毛を編んだものか!?」
「金羊毛で作った着物など、軍用兵器や幻獣であっても突破できんぞ!?」
どよめきそんな声を上げ……それを聞いたユウカは冷や汗を浮かべながら目の前で起きた光景の背景をなんとなく察する。
吉龍様……つまりは吉龍サクラ先生がハクトに協力しているのだろう。
神話の時代から生きる幻獣の、ユウカの本気の一撃さえもあっさりと受け止める金羊毛羊の毛でもって着物を編んで、それを学院の歴史に残るような優等生が着込んで操っていて……そんな着物をよく見てみれば太陽の光を受けてキラキラと煌めいている様子だ。
着物それ自体は金羊毛羊のような金色をしていない、だがそこかしこが煌めいている。
恐らくは数本……ほんの数本があの着物に編み込まれていて、そのたった数本があれだけの力を見せつけているのだろうか。
「う、うぅん……これじゃぁ本気でやっても勝てないかも」
グリ子さんの力を借りることなく凄まじいまでの実力を見せつけてきたハクトのことを見やりながらそんなことを呟いたユウカは……それでも諦めることなく拳を構え、余裕の表情を見せるハクトの方へと向き直るのだった。
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