貴賓室
それからハクト達が向かったちょっとした高台にある宿泊先……市役所の課長が紹介してくれたという保養所は、ぱっと見には木造の横長一階建ての建物だった。
随分と横に長く、ぱっと見では長方形に思えてしまうのだが、よく見てみると建物全体が円形に歪んでいて……入り口側にあった施設案内の看板見てみると、建物全体で円を描いていることが分かる。
円を描いていて、正面が玄関、左右が図書館や運動場などの施設、奥が宿泊エリアとなっていて……円で囲った中央に庭や温泉などといった施設が集約されている。
ハクト達が泊まることになる貴賓室はそんな円形施設の奥の奥……宿泊エリアの最奥にあるようで、思っていたよりも歩くことになるな、なんてことを考えながらハクトは、ひとまず受付を済ませるかと、並ぶ木々に誘導されるがままに、玄関へと向かって足を進めていく。
「お、おぉー、思ったよりも立派な感じですねぇ」
「クッキュン!」
なんて声を上げるユウカとグリ子さんは周囲を見回しながらそんなハクトを追いかける形で後に続き……そうして一同が自動ドアを通って施設の中に入ると、受付にいた女性職員がぎょっとした顔をハクト達に向けてくる。
そんな表情を受けてハクトは、事前に幻獣が来ることは連絡していたはずで、ここは幻獣に関わる人の保養施設だろうに、何を一体驚いているのだろうと訝しがりながらグリ子さんを見て、ユウカを見て……おかしい所は無いはずだと一旦視線を外し、そうしてからもう一度ユウカを見て、そこでようやく自分とユウカがおかしな格好をしていたことを思い出す。
ハクトとユウカ、その二人の頭の上にはミニグリ子さんが鎮座しており……ミニグリ子さん達もまた初めてみる光景にウキウキとしながら周囲に視線を巡らせている。
宿泊する幻獣は一頭だけだとの連絡を受けていた職員がそれを見て驚くのは当然のことで……少し恥ずかしそうに俯きながら足早に受付へと向かったハクトは、宿泊の手続きと、それとミニグリ子さんについての説明を簡単にだが済ませていく。
「あ、ああ、なるほど、そういうことでしたか。
えぇ、もちろん大丈夫ですよ、群体の幻獣さんもよくいらっしゃいますから」
なんて言葉を受けながらの手続きが終わると、そのまま対応してくれた職員が宿泊予定の部屋までの案内をしてくれる。
案内看板を見たハクト達は、建物の形に沿う形で右か左かに進んで、ぐるりと円を描きながら奥へと向かうものと思っていたのだが、そんな予想とは全く違って、入り口から真っ直ぐに進んで庭へと出て、屋根付きの通路を真っ直ぐに進んで、奥にある宿泊エリアへと向かうことになる。
庭には通路が十字の形に敷かれていて、その十字の道で庭が四つのエリアに分割されていて……それぞれが目的別のエリアに指定されていて、宿泊客なのだろう、かなりの数の人々がそれぞれのエリアを散策していたり利用していたりと、そんな姿が視界に入り込む。
入浴を終えた後なのか浴衣姿でのんびりとベンチに腰かけていたり、庭を散策していたり、運動エリアで汗を流していたり、幻獣と触れ合っていたり。
その人数はかなりのもので、各エリアの広さもかなりのもので……外観からしても既に立派なものだったのだが、改めてすごい所に来たのだなぁと、そんなことを思いながらハクト達は、案内に従って奥へ奥へと進んでいく。
そんなハクト達に対して他の客達が向ける視線は様々なものだった。
自分と同じような客なのだなとすぐに興味を失う視線、その若さを侮る視線、頭の上に何故幻獣を乗せているのかと訝しがる視線……グリ子さんのことを硬直しながら凝視する視線。
そうした人の側に立つ幻獣の何頭かは、グリ子さんの実力……というか、うちに秘めている魔力量に気付いてか、驚くなり怯えるなり、あるいは幻獣なりの敬意を示すといったそんな反応を示していて……幻獣達のそんな反応を受けてなのか、周囲の人々の反応も少しずつではあるが確実に変化していく。
だがハクトは学生だった頃からそんな視線には慣れているからと気にせず、ユウカはそもそも視線に気付かず、グリ子さんは取るに足らないものだと相手にせず足を進めていって……そうして庭を通り過ぎて、宿泊エリアへと足をすすめる。
「貴賓室という名前からある程度察してはいましたが……これはまた拘った純和風なんですねぇ」
ハクトがそんな声を思わず上げてしまう程に、宿泊エリアは特別な意匠が施された、独特の空間になっていた。
板張りの床に壁に天井に、照明を覆う障子紙に、各客室の扉までが障子戸になっている。
客室の扉が障子戸では安全面に問題があるのではないかとハクトが訝しがるが、近付いてよく見てみれば、意匠だけは障子戸で、その中身はしっかりとした金属製の扉となっていて……最新式と思われるセキュリティキーの姿も確認することが出来る。
あくまで拘っているのは外観だけで、その中身は実用性を意識したものとなっているようで……ハクトはそういうことであればと安堵し、職員の案内に従って奥へ奥へと足を進めていく。
そうやって足を進めていくと、関係者以外立入禁止と書かれた墨と筆でもって書かれたと思われる立て看板があり……その看板の脇を通り、その先にあった曲がり角を曲がり……そうしてようやく、貴賓室との文字がハクト達の視界に入り込んでくる。
「で、でかい!?」
その文字を見てすぐさまにユウカがそんな声を上げる。
声を上げはしなかったもののハクトも全くの同意見で……障子戸4枚か5枚分か、大げさすぎる程に大げさな木造扉の上に、大きな看板が……上質な木をそのまま縦斬りにしたといった感じの看板が飾られていたのだ。
ただ貴賓室と書かれているだけの、小さなものでも構わないはずの看板がその大きさで、扉までがそんな大きさで……ここまで来ておきながら今更ながらに怯んでしまったハクトは、ごくりと喉を鳴らしながら足を進め……職員さんが開けた扉の奥へと足を進める。
それにユウカとグリ子さんが続き……そしてまたもユウカが真っ先に声を上げることになる。
「広い!? っていうか、え、え? ここお家か何かですか??」
そう言いたくなるのはハクトも同じだった。
玄関のようなエリアがあり、奥には居間が見えていて、案内図を見ると寝室が三部屋、トイレが二箇所、風呂も内風呂と露天風呂が用意されていて……台所までがあり、奥にいけば囲炉裏間もあるそうで……とてもではないが宿泊用とは思えない空間がそこに広がっていた。
「はい、貴賓室ですので、このくらいの規模にはなりますね」
そんな部屋の様子に驚くハクト達に、職員さんはそんな軽い言葉を軽い態度でかけてきて……そうしてハクト達はしばらくの間、その部屋の光景に唖然とし続けるのだった。
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