到着
旅先の情報が色々と載っている小冊子を眺めているうちに、電車が目的地へと到着し……そうして電車を降りて駅を出た一同は、駅の外に広がる光景に思わず目を奪われてしまう。
空は雲ひとつない青空、緩やかに上がっていく坂のような地形がぐぅっと前方へと広がっていて、そこに民家があって、様々な施設があって……上へ上へと上がっていった坂が新緑で染まる山へと合流している。
振り返ってみれば波音をさせている海があり……思っていた以上に透明度の高い、綺麗な海水がうねりながら浜へと押し寄せていて。
浜を見てみると、よく見る砂浜ではなく砂利浜といった塩梅に砂利が一面を覆っていて、そこかしこに岩場があり……松の木が生えている巨岩などが海に突き刺さっているような形で鎮座しており、他では見ることの出来ない独特な光景を作り出している。
「うっわぁ……先輩、海ですよ、海、それと山。
海と山に挟まれているって……なんかそれだけで贅沢ですねぇ」
目の前に広がるその光景を見やって白いワンピースを海風に揺らすユウカがそんな声を上げて……ハクトは「そうだな」と返し、グリ子さんは嬉しそうに翼をパタつかせながら「クッキュン!」と返す。
そうしてハクトとグリ子さんはユウカが今日の宿まで案内してくれると思って次なる言葉と行動を待つのだが……ユウカは周囲の光景に見惚れたまま何もせずに、そのままそこで立ち尽くしてしまう。
「風切君、どうかしたのかい?」
そんなユウカに対しハクトがそう声をかけると……ハッとしたユウカは、自らの両頬を両手で包みながら言葉を返す。
「な、なんかぼーっとしちゃって……すいません。
こう……あんまりにも見慣れない光景だったものですから、本当に遠くに来ちゃったんだなって、そんな気分になってしまって……」
「ふむ……? 見知らぬ土地が恐ろしいという訳かな?
その年で初めての旅行、という訳でもないのだろう?」
「はい……そうですね。
家族と何度か温泉旅行に行ったことはあって……なんだろ、お父さんとお母さんが側にいる時はこうはならなかったんですけど……なんだか実家が遠くにあると思うと、急に怖いなって思ってしまって」
そう言ってユウカはぐにぐにと自らの頬を揉んでなんとか気持ちを立て直そうとする。
「ああ、なるほど。
それはいわゆるホームシック、というやつだね。
よく知られているホームシックというのは、旅行などの途中、家族から離れてから時間が経ってから起こるものだけども、そんな風に頼れる知り合いが近くにいないという不安から起こることもあるのだよ。
たとえば電車を乗り過ごしてしまって、真夜中に遠方の駅で電車を下りることになってしまって、周囲に住んでいる友人知人がおらず、迎えに来てくれるような人もいないとなって、どうしようもない不安や恐怖に襲われるというのに似ているね。
今までの旅行は頼れるご両親がいたから……何があってもなんとかしてくれるご両親がすぐ側にいたから、そういった想いに襲われずに済んでいたのだろう」
そんなユウカに対しハクトは、至って冷静な分析を口にし……ユウカは冷静な分析よりも、今のこの状況をどう解決したら良いのかという、助言を求めるような弱々しい視線をハクトに送る。
「解決策としては……自分でなんとかするというか『大人になる』しか無いのだろうね。
ユウカ君もあと数年のうちに幻獣を召喚することになり、幻獣と共にこの国中を飛んで回ることになるだろう。
そうなった時にホームシックをどう解決するかと言えば、経験から学んで知識を蓄え、心をより強いものとし、何があっても自力でなんとでも出来るようになるしか無いのだよ。
今回の旅もそのための経験の一つで……電話予約の際のミスさえもがこれからのための貴重な経験で。
今回の旅行をご両親が許してくれたのも、可愛い子に旅をさせよ……その時のための経験を積ませるため、なのだろう。
そうやって自分でなんとでも出来るようになったなら、その時には大人として社会に歓迎される立場となるのだろう」
助力を求めての視線に対してハクトがそう返してきて……ユウカは少しだけ不満そうな表情をする。
そりゃぁいつかは大人になってこういうことが平気になるのだろうけども、私は今どうにかしたいと……この旅行を楽しみたいと思っている訳で、なんでこんな遠回しなことを言われてしまっているのだろう……と、そんな表情を。
するとハクトは自分のことを指差し、次にグリ子さんのことを指差し……自分達もそうしてきたのだと、態度でもって示してくる。
学院卒業と同時に実家を失ったハクトと、簡単には戻れない異世界……こちらの世界にやってきたグリ子さん。
そのどちらも今のユウカよりも強烈なホームシックにかかりかねない状況だったと言えて……それがどの程度のものかは分からないが実際にホームシックにかかっていたのだろう。
そしてハクト達はそうした経験を経た上で大人として、社会の一員として日々を暮らしている訳で……そのことを改めて認識したユウカは、自らの両頬をべしんと叩いて、怯える自分の心にどうにか活を入れようとする。
するとその様子を見ていたグリ子さんが目を細めて笑い……「クキュン」と一鳴きしてから、あの時に見たミニグリ子さんを2体、自らの羽毛から作り出す。
小さくてカラフルで可愛らしくて、ふわふわと宙を舞う2体のミニグリ子さんは、ふわふわと宙を舞いながらユウカとハクトの頭の上にふんわりと着地し……そしてそのまま、まるでそこが巣であるかのようにくつろぎ始めてしまう。
「え? え? これは一体??」
突然のミニグリ子さんに驚き戸惑いユウカがそんな声を上げると……グリ子さんがハクトに意味深な視線を送り……その視線からグリ子さんの意図を察したハクトが、グリ子さんの代わりとばかりに声を上げる。
「あー……風切君。
それはグリ子さんからの気配りというか、いざという時のための見張り兼護衛のようなもの、であるようだ。
いざ迷子になってもミニグリ子さんがそうしていれば何処にいるのかすぐに分かるし、なんらかのトラブルが起きてもミニグリ子さんが上手く対処してくれる。
ちょっとした幻獣相手でも問題なく戦えるそうだし……この旅行中、ずっと側にミニグリ子さんが居てくれるそうだから、それで安心しなさい……ということらしい」
そんなハクトの説明が終わるなりにグリ子さんが「クッキュン!」と鳴き声を上げて、そうしてからユウカに向かって大きくこくんと頷いて見せる。
『私達がいつでもついていてあげるから、安心なさいな』
グリ子さんの言葉を理解出来ていないユウカだったが、頷くグリ子さんがそんなことを言っているように感じられて、まるで幻聴かのようにグリ子さんのものと思われる声が頭の中に響いてきて……その一声でユウカの中にあった不安が綺麗さっぱりと消え去ってしまう。
そうしてユウカは満面の笑みを浮かべて、張り切っての大きな第一歩を踏み出して……我ながら現金なものだなとそんなことを思いながら、今日の宿泊先へと向かって足を進めていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。




