ミニグリ子さんの実力
竜鐙町から3駅程離れた獅子之子町にある対策本部で……サクラ先生の命令を受けて災害を起こしてしまった幻獣駆除に乗り出していたタダシは……対策本部との印字がされた仮設パイプテントの本部長席で、今しがた届いた連絡事項が印刷されたファックス用紙を読みふけっていた。
それは『あの竜鐙町』役場からの連絡で、更にそこには加勢として『あのグリ子さん』がやってくるとの内容が書かれていて……タダシは目をこすり、目を細め、目頭を強く押し……そうしてから再度ファックス用紙の内容を読み直す。
「……い、いや、グリ子さんがすごい幻獣なのは認めますが、だからといって今回の件で役に立てるとはとても思えないような……」
読み直しながらタダシがそんな独り言を呟くと……タダシの前に置かれた長机の上に、何かが飛び込んできて、チャカチャカと音を立てながらタダシの前を右へ左へと歩き始める。
「……は?」
長机の上を右へ左へ、まるでダンスを踊っているかのように歩いていたのは小さな……手のひらサイズのグリ子さんで、タダシがその姿に困惑と言うか混乱と言うか、呆然としてしまっていると……少し離れた所にある長机の上に置かれたファックス機が音を立て始め……その側にいた職員がファックス機から吐き出された用紙を回収し、タダシの下へと持ってきてくれる。
その用紙には今タダシの目の前にいる小さなグリ子さんのことが書かれていて……このグリ子さんはつまるところ、グリ子さん本体から分離された魔力の塊であり、使い魔のような存在であるらしい。
その体のほとんどを魔力で構成していて、残りのほんの僅かな部分を一本の羽根で構成していて……各個体それぞれに自我があり、個性があり、思考能力があり、グリ子さん本体から離れた場所でも全く問題なく活動を行うことが出来る。
魔力で構成されている存在であるため、ただそこにいるだけでじわじわと魔力を消耗し続けて、魔力が無くなってしまえば消えてしまうような、儚い存在であるのだが……逆に言うと何らかの方法で魔力を得ることが出来たなら、魔力がある限り、魔力を得続けている限り、そこに存在することが出来て……本体のグリ子さんと同等程度の戦闘能力を発揮することが出来る。
それだけでなく更に多くの魔力を得ることが出来たなら、本体から生まれでた時と同じように分裂するというか、新たな個体を生み出すというか、数を増やすことが出来て……数を増やし続けていけば、今回の災害を起こしている幻獣のことを圧倒することも出来るだろう。
……と、そんなことが書かれた用紙を読みふけったタダシは……ぼそりと独り言を呟く。
「……いや、そうだとしても肝心の魔力は何処から得るつもりなのですか……」
そんな魔力、一体どうやって用意したら良いのやら。
いや、そもそもそれだけの魔力があったなら、その魔力でもって連中を駆除したら良い訳で……わざわざグリ子さんの使い魔を増やす必要なんて無いではないか。
そんなことをタダシが考えていると……タダシの目の前の使い魔グリ子さんは、目を細めて笑顔になって、
「キュン!」
と、本体のグリ子さんよりも甲高い声で鳴いてから……その小さな翼を羽ばたかせて、ふんわりと宙に浮かんで……浮かんだかと思ったならまさかの速度で、凄まじい勢いで、空を切るとんでもない音を立てながら、何処かへと飛んでいってしまう。
「え、は、はぁ!?」
グリ子さんらしからぬ機敏過ぎる動きを見て、そんな声を上げたタダシが呆然としていると……すぐに使い魔グリ子さんが本部テントへと戻ってきて……そしてそのクチバシでもって捕まえてきた今回の災害を引き起こした虫型幻獣の姿をタダシに見せつける。
「ま、まさかこの一瞬で捕獲を!?
た、確かに能力は凄まじいようですが……一体どうやってあの速度を……?
……この連絡には本体と同程度の戦闘能力と書かれていますが……まさかグリ子さんもあれほどの速度を出すことが出来る……?
いや、それならばあの時にそれを見せているはず……?
ま、まさか、その巨体ゆえに速度を出しきれないが、この大きさ……ミニサイズならばあれくらいの速度を出せると……?
い、いやいやいや、違う違う違う! グリ子さんの戦闘能力がどうこうではなく、結局の所、肝心要の魔力が無いのですから、どうにもできな―――」
なんてことを考えて、言葉にしてタダシが苦悩し混乱していると……その様子を見ていた使い魔グリ子さんは、その答えを見せるべく笑顔のまま一切の容赦なく手加減なく、バキリと虫型幻獣の体を噛み砕く。
噛み砕き……甲殻だけの、中身が空っぽのプラスチックのオモチャを思わせる体の作りをしている幻獣の胴体を真っ二つにした使い魔グリ子さんは、その中に充満していた虫型幻獣の原動力であり、本体でもあった霧状の魔力をすぅっと吸い込んでいく。
綺麗さっぱりと魔力を吸い上げたなら、机の上に散らばった甲殻の破片を一つ一つ残さず食べていって……綺麗に食べ終えたなら「ケプッ」と小さく息を吐き出し、そうしてからふるふると体を震わせて……ポンッとの音を立てながら、もう一つの……もう一匹の使い魔グリ子さんをその場に作り出す。
「……あ、ああ……そういう感じですか?
災害幻獣がまさかの魔力的存在なのにも驚かされましたが……そういう感じで、そんな簡単な感じで増えちゃう感じですか?
た、確かに駆除するたびに増えていくなら、再現なく増えていくなら、いつか数で圧倒して連中を駆除出来るということになりますけども……。
く、駆除が終わった後、増えすぎた使い魔グリ子さんの……処理と言いますか、待遇と言いますか、そこら辺はどうするおつもりで?」
その光景を見やり、驚くよりも呆れてしまって、呆れ果ててしまって……脱力しきったタダシがそう声をかけると、二体に増えた使い魔グリ子さんは、同時にその体を傾げながら『キュキュン!』と鳴く。
鳴いて駆け始めて、机の上に円を描くようにぐるぐると駆け回り始めて……そうして次の瞬間にまたもポンッとの音がして。
するとそこに二体いたはずの使い魔グリ子さんは、一体に戻ってしまっていて……。
そんな様子を見てタダシは、使い魔グリ子さんが『事が終わったら本体の所に戻って一つになるから大丈夫』と、そんなことを言わんとしていることを理解する。
……そうして、不承不承ではありながらも、この手ならば安全に駆除できそうだとの納得をし頷いたタダシは、机の脇にあった黒電話に手を伸ばし、関係各所への連絡を……使い魔グリ子さんを見かけても敵ではないから安心してくださいとの連絡をし始めるのだった。
お読みいただきありがとうございました。