グリ子さんの秘策
ハクトが行こうと言い出した竜鐙町の町役場には行政機関としての様々な機能が備わっている。
役場なのだからその主な役目は当然行政事務な訳だが、他にも幻獣の管理、保護、送還業務なども行っていて……どの役場にも幻獣が一時滞在するための広い草原やプール、厩舎や地下室などが設置されていて……その広大かつ立派な施設は、東京の大競馬場によく似ている、なんてことを言われることがある。
役場側からしてみれば競馬場が役場に似ているのであって、全く失礼な話だと思う訳だが、多くの市民にとって……幻獣に関わらない生活をしている人々にとっては、競馬場の方が身近な存在であると言えて……そのためにそんなことを言われてしまっているのだろう。
そして幻獣が絡む仕事をする際には、役場への届け出が必須となっていて……そういう訳でハクトとグリ子さんと、急遽駆け付けてきたユウカとで役場へと向かい……一般出入り口ではなく、幻獣案件専用の入り口……通称裏口と呼ばれる場所から役場の敷地内へと足を踏み入れる。
幻獣が出入り出来るようになっている、牧場などで見かけるような大きな押し開き型の柵をあけて中に入り、何体かの幻獣がのんびりと過ごしている草原を望むことの出来る土道を歩いていって……役場内の幻獣を病気から守るための、消毒装置のある大きな門を通り……薬液の噴霧やらを全身に浴びて、そうしてから奥にある塗りたての白いペンキが輝く建物の中に入ると……大きなカウンターと、電光掲示板と、いくつもの椅子が何列にも並ぶ、至って普通の役場でもよく見かけるような光景が視界に入り込む。
普通の役場と違うのは職員の数が圧倒的に少なく、また利用者の数も驚く程に少なく、広さの割にがらんとしてしまっていることだろうか。
幻獣の召喚を許されるのは、ハクトが所属していた学院などの幻獣用の教育機関に入学し、無事に卒業までこぎつけることの出来た一部の者だけである。
そうして幻獣を召喚出来た者に待っているのは、一般人では中々得ることに出来ない圧倒的高待遇で……そのほとんどが都会、東京などに引っ越し、そこで仕事を求めるのが常である。
田舎……と言う程ではないものの、都会と呼ぶには何もかもが足りなさ過ぎるこの竜鐙町に、幻獣関係者は数える程しかおらず……そのため目の前のような光景が広がっていた。
そんな光景の広がる……これといった特色のない、大した幻獣もいない町に作られたこの町役場の幻獣に関する主な業務は、他所の地域で保護された……無許可召喚や、虐待などの被害にあった幻獣の保護や治療や静養などとなっていて……そんな役場に幻獣が自らの足で呑気な顔をしながらやってくるというのは、本当に極稀にしかないレアケースであった。
そんなまさかのレアケースの発生を受けて役場職員達の視線が一斉にハクト達に集まり……そんな職員達の中から一人、ワイシャツにベストにスラックス、事務用アームカバーといったいかにもな格好をした中年の男性……幻獣課の課長が、カウンターの向こうの事務机からこちらへと、ハクト達の下へと駆け寄ってくる。
「やぁやぁ、矢縫さんではありませんか。
年度末でもないというのに、役場にいらっしゃるなんて、一体全体どうしたんですか?」
薄くなり始めた黒髪をオールバックに固めた細面の男性……深くなりつつあるシワをぐっと深くしながらの温和な笑顔を浮かべる課長にそう言われてハクトは一言、
「課長さん、お久しぶりです」
と、挨拶を返す。
ハクトが召喚したグリ子さんは現在、ハクトが務める工場のマスコットとして活躍している。
幻獣の力を使ってはいないものの……幻獣の仕事かと言われると首を傾げる内容ではあるものの、法的には幻獣としての労働であり、そのために書類での申請の必要があるとされていて……そういう訳で、以前に一度ハクト達はここへと足を運んでいて、目の前の課長といくつかの言葉をかわし、課長の指導の下、必要な申請書類を提出していた。
「今日は新たな仕事の申請をしようかと思いまして……。
ニュースで騒がれている昆虫型の幻獣災害の対策と言いますか、あの幻獣の駆除の許可をいただきたいのです」
挨拶に続く形でハクトがそう言うと、課長は目を丸くして驚き、グリ子さんのことをじぃっと見やり……そうしてから真顔になって、ハクトとグリ子さんのことを交互に見やりながら言葉を返してくる。
「それはそれは……幻獣召喚者自らそう言って頂いたこと、幻獣課として歓迎したい所なのではありますが……あー、そのですね、まさかその……そちらのグリ子さんが駆除をされるのですか?」
「えぇ、そもそも駆除をしたいと言い出したのはグリ子さんでして。
……グリ子さんなりに考えがあると言いますか、駆除出来るとの自信を持っているようでして……」
「ふむ……なるほど。
そういうことであれば、必要書類提出の上で、その駆除方法を見せていただければ許可を出しますが……。
んん……そうですな、特例ということで手順を入れ替えましてまずはその、どうやって駆除するつもりなのかを見せていただきましょう」
表情を引き締め真面目な顔を作り出し、しっかりと背筋を伸ばして胸を張り、堂々とした態度でそう返した幻獣課の課長はハクト達を役場の外……先程幻獣達が休んでいた草原へと案内しようとする。
仮にハクトの隣にいたのが普通の……タダシが召喚したようなグリフォンであれば、課長は手順の入れ替えなんてことはしなかったのだろう。
普通に書類を書かせて、手順通りにその戦闘能力をしっかりと確かめて、その上で許可の判を押していたのだろう。
だがグリ子さんは……その外見からして戦闘向きとは言えず、件の幻獣を駆除出来る程の戦闘能力を持っているようには見えず……そういう訳で課長は、何枚もの面倒くさい書類を書いてもらっても無駄になってしまう可能性が高いと考えて、そんな判断を下したようだ。
それは決して侮りから来るものはなく、役場の職員としての……長年幻獣課で務めてきた者としての経験に基づく冷静な判断であると言えて……その指示に素直にハクトが従おうとしたその時、課長の『どうやって駆除するかを見せていただきましょう』との発言を素直過ぎる程に素直に受け止めてしまったグリ子さんが、この場でその力を発揮しようとし始めてしまう。
「クキュンクキュン」
と、鳴きながらその身を震わせ、その体を覆う羽毛に溜め込んだ魔力を発動させ。
それを受けてハクトと課長が大慌てになる中、何を思ったか拳を構えたユウカが「やっちゃえ!」なんてことを言い出してしまって……。
そうして役場の中で魔力の渦が膨れ上がり、グリ子さんの体が黄金色に輝き……ぽぽぽぽんっ、なんて音を上げながらグリ子さんの羽毛が何本か抜け落ちてしまう。
魔力を放ちながら、黄金色に輝きながら抜け落ちた羽毛は、そのまま地面に浮かぶのではなく、内包する魔力で球形の、結界のようなものを作り出しながら宙に浮かび……そうして放っている黄金の光を強くしていって、ハクトやユウカや課長や、カウンターの向こうで様子を見守っていた職員達の目をくらませる。
そうして役場内を光が満たし……満ち溢れた光が収まり、ハクト達がどうにか視界を取り戻すと、羽毛が浮かんでいたその場所に、先程まで羽毛があったはずの空中に何体もの、色とりどり、カラフルな小さなグリ子さんが浮かんでいた。
「は、え? はぁ!?」
そんなまさかの光景を受けて課長が悲鳴のような声を上げながら周囲を見回す。
グリ子さんは先程から変わらずそこにいる、グリ子さん自身が縮んだとか分裂した訳ではないようだ。
先程抜け落ちた羽毛はその全てが何処かへと消えていて……その代わりにというか、まるで羽毛がそれに変化したとでも言わんばかりに、抜けた羽毛と同じ数だけの小さなグリ子さんが存在していて……小さなグリ子さん一体一体が、グリ子さんに負けない程の魔力を唸らせ、そのクチバシを光らせ……光らせたクチバシを突き出しての素振りを行っていて、まるでそのクチバシでもって件の幻獣を貫いてやると言わんばかりの、高い戦闘意欲を見せている。
「わぁ! かわいいかわいい! ミニグリ子さん、すっごくかわいい!」
なんて呑気なユウカの声が周囲に響き渡る中、課長もハクトも目の前で起きたことが理解出来ず信じられず……しばらくの間、呆然としてしまうのだった。
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