幻獣災害
あれから何日かが過ぎて……五日にも及ぶ大きな連休がやってきて、その初日。
昼食を終えた昼下がり、ハクトが台所の掃除に励む中……グリ子さんはリビングで、テレビをまったりと見やりながらバキッゴリッと大きな音をさせながらクルミをまさかのまるごと……固くて丸いあの殻ごと食んでいた。
クチバシで殻を咥えて、バキリと砕き、砕いた殻も実も構わず一緒に咀嚼し、飲み下し……そうしたならまた新しいクルミをクチバシで咥えて。
そうやって固いものをしっかりと噛むことでグリ子さんは、クチバシと顎周りを鍛え直しているようで……こちらの世界に来る前からグリ子さんは、定期的にそうすることでそのクチバシの鋭さが鈍らないようにしていたらしい。
もちろんクルミ自体の味も楽しんでいて……同時にクルミの殻の渋い味も楽しんでいて、そうやってグリ子さんは、自らの前に置かれた器に山盛りとなったクルミを、次から次へと噛み砕き、飲み下していく。
グリ子さんがそうしていると台所で響いていた掃除の音が止み、頭に巻いた三角巾とエプロンを脱ぎながらハクトがリビングへとやってきて……グリ子さんの側にあるソファに腰を下ろしながら小さなため息を「ふぅ」と吐き出し、ゆっくりと口を開く。
「……ようやく掃除が一段落したよ。
これで残りの連休を心置きなく過ごすことが出来るな」
「クッキュンキュン」
そんなハクトを見やり、お疲れ様とそう言葉を返したグリ子さんは、テレビへと視線を戻し、次のクルミを咥えて……バキャリと噛み砕く。
「……何度見ても凄い光景だなぁ……中身はともかく殻もとは……美味しいのかい? クルミの殻って」
「クキュン!」
ハクトにそう問われて「美味しいよ」と答えて、またゴキンッとクルミを噛み砕くグリ子さん。
そうやってクルミの山を崩していって……家の中にクルミの殻が砕かれる小気味良い音が響いていく。
小気味良い音とテレビから流れる他愛のない番組が流す音と、家の外から聞こえてくる日常や鳥、虫の声と……。
そんな音の中で時間が流れていって……夕方の少し前、地方の事件や事故を伝えるニュース番組が始まり、そのトップニュースとして、近くの……三駅程向こうの街で、幻獣による災害が起こっているとの内容が流れる。
幻獣と呼ばれてはいるが、こちらの世界に召喚されている生物がいわゆる『獣』と呼ばれるような、動物的な存在であるとは限らない。
魚や鳥や植物……虫に近い幻獣も数多くいて、グリ子さんのように、果たして鳥なのか獣なのか、どちらに分類して良いのか分からない存在もかなりの数がいる。
過去にはバロメッツという、こちらの世界の生物学者全員が頭を抱えるような幻獣も召喚されていて……そして今回、災害を起こしてしまったのは、どうやら昆虫類に分類されるような幻獣であるらしい。
その幻獣は召喚されるなり、召喚者の元から逃げ出し、周囲の農作物を荒らしながら、まさかの単為生殖を行い、どんどんと数を増やしているらしい。
単為生殖と言いはしたが、それは普通の生物が行う生殖とは全く別種のもののようで、自分のコピー……いわゆるクローンを次から次へと体内で作り出し、作り出すなり出産し、出産しながら農作物を荒らし……生まれた個体がまたクローンを出産し……と、ネズミ算式どころではない、とんでもない勢いでその数を増やしてしまっているらしい。
大きさは人間の手のひら程、色は黒で昆虫らしい透明な翼があり、それによってかなりの距離を飛翔できる。
その口……昆虫で言う所の口吻はストロー状になっていて、それでもって植物内部の液体……師管液を吸うことで食事としているようだ。
そしてその被害は甚大で……このまま被害が広まれば田畑が荒れ果て食糧危機にもなりかねないとかで……その対策のために多くの幻獣達がその虫幻獣の討伐を始めているが、増える方が早いとかで、これでは埒が明かないので四聖獣を呼ぶべきかと、そこまでの議論が交わされる程の事態となっているらしい。
「虫……虫の幻獣か、珍しいな……。
虫とは言葉を交わすことが難しく、魂をつなげることも難しく、召喚難度が高いとされているのだが……もしかして非正規の手段での召喚を行ったのか……?
……このまま事態の収拾が遅れたなら近くの田畑も荒らされるのだろうし……うぅん、もしかしたら本当に食料が足りなくなる、なんて事態が起こるかもしれないな」
そんなニュースを見てハクトがそうコメントをして……そしてグリ子さんはクチバシをカパッと広げて唖然とする。
唖然としながらたった今、空にしたばかりのクルミが山となっていた器を見て、台所の方を見て、冷蔵庫のことをじっと見て……もしあそこの中が空っぽになってしまったらと深く絶望し……そうしてから勇気か義憤か食欲か、その想いのままにすっくと立ち上がり、我虫を討伐せんとの凛々しい顔をし、ハクトのことをじっと見やる。
「……う、うん、まぁ、気持ちは分かるよ、気持ちは。
俺もなんとかしたいと思っているけども……グリ子さん、何か連中をやっつけられるような手立てはあるのかい?」
その視線を受けてハクトがそう返すと、グリ子さんは体全体で大きく頷き……そうしてからその小さな翼をくいと上げて、この魔力を見よと翼を金色に輝かせる。
その翼を構成する羽根一枚一枚に込められた魔力の量は凄まじく、その純度も高く、結果放つ光はこれ以上なく美しく、目がくらむ程の黄金色で……その覚悟を受けてハクトは大きく頷き、言葉を続ける。
「で、あればグリ子さん、まずは町役場へと行くとしようか。
幻獣による幻獣討伐は勝手に行って良いものではなく、事前の申請と許可が必要なんだ。
役場でその意思を示して、どうやって討伐するのかを見せてみて、許可がもらえたなら現場まで行くとしよう。
……え? なんだい? わざわざ現場にまで行く必要はない? 遠隔でどうにかなる……?」
言葉の途中でグリ子さんのその内心の想いが流れ込んできて、ハクトがきょとんとした顔をしながらそんなことを言っていると……そんなハクト達の下に、というか、ハクト達がいるリビングを覗くことが出来る庭へと、一人の少女……ユウカが駆け込んでくる。
「先輩、先輩、せんぱーい!
大変大変大変ですよー! このままじゃご飯が! 私達のご飯が!!」
暑くなってきた最近の季節に合わせた半袖の、爽やかな黄色のポロシャツと、短めの白いスカートを揺らしながらやってきたユウカの私服姿を見るなりハクトは……やれやれと、ため息を吐き出しながらその首を左右に振るのだった。
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