記憶
屋敷に巣食う悪霊すべてを吸い上げて、黒い何かとして吐き出したグリ子さんは、更にコケケとえずき始める。
そして今度は透明のガラス玉のような何かを吐き出し、声を上げる。
「クキュクキュ、クキュン、キュン!」
「グリ子さん、それはどういう?」
その声にそう返したハクトが、ガラス玉に手を伸ばそうとすると、それよりも早くブキャナンが拾い上げ、大切そうに懐にしまい、声を上げる。
「先ほどのグリ子さんのお言葉……これに触れるのはアタクシだけの方が良いでしょう。
いやはや、まさかこんなものが出来上がるとは……御役所のお偉方にはしっかりと触れてもらわねぇといけねぇですねぇ」
と、そう言ってブキャナンは珍しく真剣な表情となる。
それを見てユウカは、グリ子さんに抱きついたまま首を傾げて疑問の声を上げる。
「先輩、さっきのガラス、何なんですか? グリ子さんはなんて?」
その言葉にハクトとブキャナンは一瞬動きを止める……が、言わない訳にもいかないだろうと判断したのか、ハクトが口を開く。
「グリ子さんが言うには、さっきのガラス玉は悪霊達の記憶を結晶化したものらしい。
……そしてここの霊は子供達の霊が寄り集まって出来上がったもの。
つまりは子供の悲劇を詰め込んだ呪物という訳だ。
しかもその記憶はガラス玉に触れた際に頭の中に流れ込んでくるらしい。
……グリ子さんがわざわざそんなものを作ったということは……恐らくだが怒っているのだろう。
こんな悲劇を作り出しやがってと、この世界に対しての怒りなのだろうと思う」
「……なるほど。
えっと、私達がそれに触れるのはダメなんですか?
……後学のために見ておきたいなって思うんですけど……」
「さて……見るべきなのかもしれないが、真っ先に触れた大僧正が懐にしまいこんだからね。
大僧正も甘やかしてばかりではない方だ、見る必要があるのなら見ろと差し出してくるはずだが……」
と、そう言ってハクトがブキャナンに視線をやると、ユウカもそれを追いかける。
グリ子さんは素知らぬ顔で毛繕いをしていてノーコメントの姿勢で、そんな状況を受けてブキャナンは渋々といった様子で口を開く。
「これが見るべきものであれば見せるんですがねぇ……さっきの一瞬だけでアタクシの心が落ち込んだので、やめておいた方が良いでしょうねぇ。
どうしても知りたいのであれば後で内容を書き出しておきやしょう。
しかしこの宝石で見るのだけはおやめなさい。
映像として見るようなものではなく、脳みそに直接送り込まれやすので、実体験として……その子の立場で最悪を味わうことになりやすよ」
「な、なるほど、分かりました。
……書き出しだけお願いします」
と、ユウカが頭を下げるとブキャナンは、了解しましたと軽く手を上げる。
「……そんなヤバい代物ならさっさと砕いてしまった方が良いのでは?」
次に声を上げたのはハクトだった。
それを受けてブキャナンはなんとも嫌な顔でニヤつき、重く沈ませた声を返してくる。
「迂闊にこれを見るべきではないと思っていやすが、同時にこんな悲劇を繰り返す訳にもいかないと思っておりやす。
そういう訳ですんで、先程も言いやしたがこちらは役所の方々に見ていただきやす。
何なら普段たくさんの綺麗事を仰っている政治家の方々にも見ていただきやしょう。
役所が対策しなければ、動かなければ悲劇が繰り返されるとよく知っていただく必要がありやすからねぇ」
「……サクラ先生に見せるのはおすすめしませんよ」
そう言ってハクトは、諦めたような表情となる。
ブキャナンを止めるべきかとも一瞬思うが、言っていることは正論ではあり、他にこれという手も思いつかない。
あのブキャナンがそこまで言う悲劇を繰り返さない方が良いのはその通りで、ならばお偉いさんのトラウマは必要経費なのだろう。
そしてサクラ先生。
生粋の子供好きで、児童虐待などの話題には過剰反応気味のきらいがある。
ブキャナンがそこまで言う悲劇があったなどと知ったらどんな暴走をするか……完全な未知数だった。
四聖獣候補でもあり、伝説級幻獣の召喚主、育て上げた弟子も多く、サクラ先生が一声かければどれだけの人数が集まるか、ハクトでも予想が出来ない。
そんなサクラ先生が暴走したらどんな被害が出ることか……悪意はなく、被害を出すつもりもなく、しかし暴走は暴走で、場合によっては国会議事堂が消滅するかもしれない。
「……た、確かに内閣総入れ替えくらいはあるかもしれやせんねぇ。
あの方の目には触れないようにしやすが、それでも噂くらいは届くかもしれやせん。
お偉いさん方に見せれば尚の事……その時にはハクトさん、フォローをお願いいたしやす」
ブキャナンがそう返してきて、ハクトは頭をかきながら言葉を返す。
「……分かりました。
では噂が届く前に、風切君に見せる予定の書き出し文書をサクラ先生にも送っておいてください。
内容が詳細であれば何がなんでも見ようとはしないはずです。
文書だけでも多少の暴走はするでしょうが、自分で経験するよりはマシなはずです。
先生が本気で暴れた場合、四聖獣か伝説級の幻獣、大僧正くらいしか止めることは出来ないと思いますので、そのときはお願いします」
「……いや、アタクシにも普通に無理でございやすよ?
知人友人総動員でどうにか封印するのが精一杯でございやしょう。
しかしそれも一人が相手の場合です、お弟子さん達と一塊になられたら、どうしようもねぇでしょうねぇ」
「……まぁ、お弟子さん達は付き合わされているだけで本気で同調はしないでしょうから、その辺りは説得などで対応してください。
……ところで大僧正、見えた記憶の中に作為的な悲劇はありましたか?」
「うん? それはどういう?」
「世の中に悲劇はないとまで言うつもりはないですが、こんな怨霊事件に繋がるような悲劇が複数回起きていれば、流石にどこかで問題になっているでしょうし、そんな都合良く悲劇が重なるとも思えません。
今回の事件のように誰かが人為的に悲劇を引き起こした可能性はありますか?」
「ああ、そういう……。
確かに、今の世の中では珍しいお話でございやすねぇ。
そして今回の事件のように黒幕がいる……いや、今回の事件を引き起こした人物が、その下準備としてあれらの悲劇を作り出した可能性がある、と。
……分かりやした、あり得るお話ですので、書き出しの際に入念に確認しておきやす」
「お願いします」
と、それでハクトとブキャナンの会話は終了となり……そうして一同はとりあえず、他に問題がないかと屋敷の中を見て回り、それから屋敷を後にして……報告のために役所へと足を向けるのだった。
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