儀式
一応の除霊は完了し、その原因についても報告し……そして毛玉で包まれた蠱毒壺は一時役所に預けられた上で、ブキャナンによる解体が行われることになった。
そこでハクト達の仕事は完了、ブキャナンに任せてしまっても良かったのだが、一応は関わったのだからと、解体の場にも参加することにした。
数日後の祝日の早朝、用意された祭壇の中央に毛玉が置かれている。
そして祭壇の各所には紙垂が飾られていたり、柊の枝が飾られていたり、祭壇の周囲にはかがり火が焚かれていたりと、いかにもな雰囲気が作られていて、そこに完全に人に化けて白装束姿となったブキャナンが歩いていく。
ハクトとユウカは喪服姿でそれに参加しており、幻獣達も毛並みを整えて参加していて、課長を始めとした役所の関係者や病院の工事の責任者、病院関係者もまた喪服姿で参加している。
そうした面々が離れた場所に建てられた集会用テントの下で静かに控える中、ブキャナンは毛玉へと静かに近付いて……そして呪詞を唱え始める。
そして祓串を振り始め……なんともそれらしい空気を作り出していく。
その間、誰も声を上げず、ただ静かにそれを見守り……ブキャナンが祓串で毛玉を突き刺しても、そのまま引き裂いても、中の壺を割と雑に引っ張り出しても誰も何も言わない。
ユウカだけはその雑さに気付き、あれで良いのかとソワソワとしているが、誰も何も言わずに静かに見守る。
ブキャナンが何故か清酒を壺にぶちまけたり、塩を振りまいたり、米袋の中に押し込んだりしているが、誰も何も言わない。
流石に意味が分からないとユウカは困惑し、表情で懸命にそれを語るが誰も返事をしてはくれない。
ブキャナンがどこにしまっていたのか、祭壇の隅から大きな木槌を持ち出したのを見ても誰も何も言わない、動かない。
アレでどうするつもりなのかとユウカが焦る中、ただただ静かに時が流れて……そしてブキャナンはその木槌で壺を粉砕し、そこに先ほど使った清酒、塩、米をぶちまけて、また呪詞を唱え始める。
ユウカはそれを見て完全にたじろぐ、明らかにまともな光景ではない。
しかしハクトは何も言わない、役所の人間も静かなままだ。
だというのに自分が騒ぐのはおかしいように思えてユウカはぐっと堪える。
そんななんとも言えない儀式は、それから2時間も続くことになる。
歌ったり踊ったり、良く分からない言葉を唱えたり、水風呂に飛び込んだり。
声を上げたい、ツッコミたい、質問をしたい……それでもユウカは2時間、ぐっと堪え続けた。
そして儀式が終わり、一礼をしたブキャナンが着替えをするためか、控室に帰っていく。
それとほぼ同時に防護服を着込んだ職員達がやってきて、専用のものなのか、紙垂のついた竹箒やちりとりを持ってきてその場に残った……なんとも言えない物質を回収し始める。
ちりとりに集めて、祭壇奥にある陶器の箱に流し入れて……米粒一つ残さず箱に入れたなら、薪なのかいくらかの木材を投入してから、火打ち石での着火作業が始まる。
着火出来たなら薪が足されて、火がどんどん大きくなって煙が上がって……そこに今度は黒色着物姿のブキャナンがやってきて、また呪詞を上げ始める。
祓串を両手で持って、激しく振り回し……そして鎮火するまでそれが続くと儀式は終了したのか、ブキャナンが一同に向けて礼をした後に去っていく。
「お疲れ様、風切君」
そこでようやくハクトが声を上げる。
課長さんも病院の関係者と笑顔で挨拶を交わしていて、ようやくユウカは喋って良いのだという安堵と、儀式が終わったのだという安堵の両方を得る。
「お、お疲れ様です、先輩。
さっきのアレって何やってたんですか……?」
そんな緩んだ空気を受けてユウカはずっと聞きたかったことを問いかける。
「ん? ああ、ようするにアレだ。
それっぽい儀式をしていたんだよ、それっぽく見える儀式と言っても良いかな。
それっぽく見えさえすればそれで良い、宗派や細かいことはどうでも良い。
それらしく見えさえすれば、周囲の人々は安堵するからね……周囲の人をどう安堵させるかが大事と言えば良いかな。
大僧正ほどのお人が、これ程大掛かりな儀式をしたのだから『大丈夫に違いない』と関係者に思わせることこそが大事なんだ。
これで誰もが呪いは解除されたと考えて、気に病まなくなる。
これだけで呪いはかなりの効力を失うからね……病も呪いも気から。大事なことなんだよ」
「はぁー……そういうことなんですねぇ。
するとあの呪文みたいなものも、それっぽく仕上げただけのものなんですか?」
「……いや、あれはおそらく正式な呪詞、のりとだろう。
のりとは祝詞とも書くのだけど、呪詞と書くこともある。
古い文脈では呪詞と書かれることの方が多く、大僧正ほどに長寿であれば古のそれを覚えていてもおかしくはない。
覚えているのにここで使わないでは話にならないし、大僧正としての沽券にも関わる。
だからまぁ、おそらくは本物だと思うよ」
「はぁー……。
で、えっと、蠱毒のとかは、これでもう平気なんですか?」
「そうだね、言ってしまうと最後の焚き上げ、アレさえしておけば問題はないんだ。
火葬と考えても良い……それ以外はお客さんを安心させるためのものになるかな。
……今日の大僧正は随分と楽しそうだったから、まぁついついノリか何かで遊んでしまった部分もあって風切君が不安になってしまったのだろうねぇ」
「……ああ、そういう感じなんですか。
遊んだって……。
いやまぁ、これで解決したら問題なし、なんですかね?」
「……いや? そもそもの原因、アレを仕掛けた人物を特定出来ていないからね。解決には程遠いかな……。
また同じことをやらかされるかもしれないし、各地の病院では緊急の検査なんてのが行われているようだし、その検査費用だけでもとんでもないことで、ある意味でこの呪いは一定の成果を上げてしまったとも言える。
費用程度なら軽い被害だと言えるが……どこかでは人的被害が出ているかもしれないからねぇ、現状ではまだまだなんとも言えないよ。
もしどこの誰がやったことかが特定出来たなら、あんな呪いを用意するような人物だ、一悶着があるかもね」
と、ハクトはそう言ってから帰り支度をし始める。
この後はブキャナンを囲んでの食事会があり、既に寿司などが会場に用意されているのだが、そちらには参加するつもりはないらしい。
それを見てユウカは少し悩んでから……ハクトがそうするなら自分もそうするかと帰宅準備を始めるのだった。
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