呪物
「……うん? 魔力の痕跡があるな?」
幽霊をどうにか殴り消したユウカが荒くなった呼吸を整えていると、ハクトが壁紙貼りたてといった様子の壁を撫でながら、そんな声を上げる。
「ぜぇ……はぁ……え? 魔力です、か?
もしかしてさっきの幽霊は魔力で……?」
そんなハクトにユウカが言葉を返すと、ハクトは首を左右に振りながら壁を調べ始める。
「魔力でただ顕現させただけならば、すぐに気付けるし風切君の一撃で雲散していたはずだ。
魔力が関わってはいるがそれだけではない何かがあるはず……調べてみるから、その辺りで休んでいたまえ。
とりあえず周囲に脅威はないから気を抜いても問題はないだろう」
そう言われてユウカはため息と同時にリラックスした態度を取る。
そこに座ってしまう程疲れてはいなかったが、相手が幽霊という緊張感からそれなりの疲労はしていて、全身から脱力しながらゆっくりと呼吸を整える。
すると壁をあれこれと調べていたハクトが糸を操作し始め……ユウカの目からも壁に糸を刺している様子が見て取れる。
新築の壁にそんなことしていいのかなー、なんてことを思いながらも何も言わずに様子を見守っていると、ハクトが壁紙を剥がし始める。
「ちょっ」
思わずそんな声が出るが、ハクトは止まることなくベリベリと貼ったばかりであろう壁紙を剥がしていって……そして壁にはめ込まれていた板を引き剥がす。
「……なるほど」
そして一言ハクトがそう呟き、それを受けてユウカが何事だろうと確認してみると、どうやら誰かが壁を削って作ったらしい凹みがそこにあって、その凹みにピッタリとハマるような壺が押し込まれている。
壁を削り壺を押し込み、板を張って隠し更に壁紙を。
そんな細工がしてあったようで、ハクトは壺の中身を確認すべく手を伸ばそうとするが、すぐに手を止めて、糸を展開しながら後ずさる。
「……えっと、危険物ですか?」
「いや、多分呪物かな」
ユウカの問いにハクトがそう返し……ユウカは教科書の内容を思い出しながら言葉を返す。
「壺で呪物っていうとアレですか? 蠱毒とか」
「だろうね、これが幽霊現象の遠因かな。
……新築病院にこれは、病院を恨んでの犯行か、病院で何か大きなトラブルでも起こす気だったか……。
とりあえず素人が素手で触れるようなものではないし、証拠でもあるから後のことは役所に―――」
と、ハクトがそう言った時だった。
壺がコトコトと揺れ始める。
「……発見された時用のトラップでも仕込んでたかな」
「え、いや、どうするんですか? それ??」
ハクトが呟き、ユウカが返し、ハクトが冷や汗をかきながら糸を構える。
素人が手出しするものではないが、このまま放置は危険過ぎる。
何か出来ることをと、動き出そうとした瞬間、グリ子さんが前に進み出て不思議な声を上げる。
「ケコッケコケコッ……ケコッ」
それは今までに聞いたことのない声だった。
鶏のような声ではなく、苦しんでいる小動物の声、嗚咽を漏らしているような声で、ハクトがまさか呪われたのかと不安を抱く中、グリ子さんはクチバシから大きな毛玉を吐き出す。
「……猫の毛玉?」
そうユウカが呟く中、またグリ子さんは毛玉を吐き出し……それをクチバシでつかみ上げて壺にグイグイと押し付ける。
すると毛玉がするりと動き、壺を包み込み始め……綺麗に毛玉が壺を包んだのを確認してから、クチバシで毛を挟んで引きずり出す。
「クッキュン!」
そして元気いっぱいな声。
自分の羽毛で包みこんだからもう平気と、そういうことを言っているらしく、ハクトは顔中に浮かんだ冷や汗を拭いながら口を開く。
「まさかグリ子さんにそんな芸当が出来たとは……。
とりあえず封印出来たということで良いのかな?
……まぁうん、呪いの発動で壊れた可能性だってあるし、証拠保全が出来たということでヨシとしよう。
これは……役所に任せた上で大僧正に相談するしかないかな、あの人は呪いに関してはプロだからなんとかはしてくれるだろう」
「……ちなみにですけど先輩、呪いって存在するものなんですか?」
そう返されてハクトは、毛玉のことを念のため糸で包みながら言葉を返す。
「呪い、それ自体は存在しないが、魔力があるからね、呪いのようなことは実行可能だね。
相応の魔力を込めて、それらしい何かを用意し、その上で実行したならそれなりの効果がある。
……今回で言えば壺の中身が『それらしい何か』だ。
生贄と言っても良いが、そういうものがあれば何かが起こるはずという、思い込みというか、思念の力が結果をもたらすという感じかな。
魔力による魔法を、思い込みで呪いに変じさせている、そのためにそれらしい生贄が必要で、蠱毒なんかは知名度もあって作成方法も分かりやすいからね、よく見かける代物ではあるかな。
……呪う側の思い込みも重要だが、呪われる側の思い込みも重要で、呪いの本質とは『お前を呪ってやった』と伝えることにあったりする。
そのため、実際に呪っているかは別として、そうした内容を相手に告げると犯罪になったりするんだよ」
「あ~~~……教科書に載ってたような、覚えてないような……。
えっと、それやっちゃうと一発で資格停止なんでしたっけ?」
「召喚者がやるとそうだね、幻獣も強制送還になる。
召喚者がやると幻獣絡みの本物と思い込まれて、全くの嘘でも効果が出てしまうからねぇ。
ボクサーの拳が凶器扱い、みたいなものかな。色々な意味で風切君も気をつけるように」
「……ちなみにですけど、過去にそういう被害が出たことってあるんですか?」
「怨恨諸々、毎年のように起きているはずだよ。
ただ個人でではなく新築病院を狙うというのは、中々聞かないね。
しかもこの手の込み様……ただの怨恨ではないかもしれないなぁ。
過去最大被害という話をすると、三大怨霊の話になってくるけど、彼らの話は言葉にするだけで悪影響があるから、自分で調べるように」
「……はい」
と、そう言ってユウカはようやく落ち着いたのか息を深く吸い、それから壺を包んだ毛玉を調べ始める。
つついて撫でて、持ち上げて……ちょうど良いからとハクトにそのまま運ぶように命じられ、そうしてユウカはそのまま役所まで、壺毛玉を運ぶことになるのだった。
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