病院
「こういうのって普通廃病院とかじゃないんですかね? 建設中の病院って」
依頼を受けて数日後の休日の昼すぎ、ハクトはいつもの面子で幽霊が出るという建設中の病院へとやってきていた。
電気工事の段階なのか、病院内のあちこちにブルーシートや脚立、工具が置かれており、天井から配線が垂れていたりもする。
壁や階段など、基本的な部分はしっかり出来上がっていて、汚れも傷一つもない綺麗な廊下を歩くのは、悪い気分ではなかった。
グリ子さんも同じようで、ご機嫌な様子でチャッチャッと爪を鳴らしていて、そうやって歩き進めながらハクトはゆっくりと口を開く。
「廃病院に幽霊が出たとして、誰が困るのだという話がある。誰もそこにはいかない訳で……無理をして除霊をする必要はないんだよ。
解体工事などが始まればその衝撃で魔力が霧散するのだから結果として幽霊は出なくなる訳で、わざわざ役場を通して依頼をしてくるということは、必然利用中か建築中の建物や施設になる」
「はぁーなるほど……えっと、でも人の記憶とか、記録? が残っていなければ幽霊は再生されないんですよ、ね。
まだ誰も使っていない病院に記録があるんですか?」
「この病院は10階建て、ヘリポート付きの大規模なものだ。その建築工事となれば数え切れない程の人が関わってくることになる。
全ての工事が平穏無事に終われば良いが、事故や失敗などでけが人や死者だって出ることもある。
そうなれば強く記録や焼き付けられ、再生される可能性が高まるという訳だ。
あえてオカルト的視点で幽霊と言うのならば病院だけでなくビルやマンション、そういった建物の新築だって既に死者が関わっているかもしれないんだ……廃病院にだけ出るなんて方がおかしいと思うけどね」
「……あ、なんか凄い嫌な話聞いちゃった気分です。
まぁでもそうですよねぇ……死者が出ていない場所なんて、そっちの方が珍しいんですもんねぇ」
「まぁ、死者が出たからと言って必ずしも幽霊が出る訳ではないよ。
逆に死者が出ていなくとも強烈に記憶が残るような何かがあれば幽霊が出てくることもある。
オカルト的に言えば生霊かな……アイドルコンサートのあとの会場なんかには歌を歌う幽霊が出てくるそうだよ」
「うぇー……それはまた面倒くさそうな……」
と、ユウカはそう言った瞬間に、何かを感じたのか、拳を前に突き出して構える。
それを受けてフェーも真似したような構えを取り、ハクトも遅れて警戒をし始める。
しかしハクトの警戒はユウカ程本格的なものではなく、普段通りの服装に一応念のために持ってきた糸の仕込まれたマフラーというもので、ただマフラーを軽く手に取るというだけのものだった。
厄介な存在ではあるものの、実害らしい実害のあるようなものではない。
ただ面倒くさい存在だった場合はすぐさま攻撃する必要があるからと、軽くその構えを取る程度だった訳だが……目の前に現れた幽霊はハクトが警戒していた通り、厄介そうな外見をしていた。
顔を赤らめた小太りの中年男性、腹巻ステテコ姿、何故か手には酒瓶。
「……仕事中に飲んでいたのか? それとも工事現場で宴会? あるいは建築前のここで何かをしていたのか?」
「えーっと……現場であの格好はしないんじゃないですかね」
ハクトの言葉にユウカがそう返し、そして幽霊が反応を見せる。
『おうおうおうおう、カップルかぁ? いちゃつきやがってよぉ、なんだぁ、デートでこんなとこ来るのかぁ?』
幽霊の本質は記録にある。
幽霊がどう発現するかは記録次第、つまりはこういう形で記録に残る何かを、この男はやらかしたことになる。
「……酔っぱらいの心を折るのは難しそうだ」
と、ハクト。
「話聞いてくれなさそうですもんねぇ、あの感じ」
と、ユウカ。
そうしてハクトがマフラーをしっかりと構えると、ユウカも改めて拳を構え直す。
『お、おいおい!? なんだお前ら!? いきなり暴力か!?』
幽霊はそう言って大慌てとなるが、ハクト達は構わない。
「クッキュ~ン」
グリ子さんも特に興味を示していないのか、そんな声を上げながらフォスとフェーを連れてその場を離れて……直後ハクトがマフラーを投げる。
それからマフラーに仕込んだ糸を放って、まずは幽霊を四方八方から串刺しにする。
それでダメージがある訳ではないが、中年男性は自分が刺されたと思い込んで苦しみ始める。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?』
そこに実態はないが、記録上彼は人間だ、人間はさされれば痛がるものだ、幽霊であれば物理攻撃など効かないという開き直り方も出来るが、魔力がたっぷりと込められた幻獣に関わる糸となるとその理屈も通らない。
特別な素材で作られた特別な武器だから効く。
そう相手に思い込ませることが出来て……直後、凄まじい勢いで踏み込んだユウカが拳を放つ。
ユウカのそれには一切特別な素材も使われていないし、魔力もそこまで込められていなかったが、それでも中年男性はまるで殴られたかのように吹っ飛ぶ。
幽霊だから効かないと思い込めば効かないはずだが、そう思わせる隙はない。
雷かと思う程に鋭く速く、人間であれば誰もが殴られてしまったと思い込まされる迫力があった。
「うーん、筋肉式除霊方が既に出来ているとはなぁ」
殴られて吹っ飛ぶ幽霊を見ながらハクト。
「あ、これがそうなんですか」
拳を突き出したままユウカ。
「本来は少し違うけどね、鍛え抜いた筋肉を見せつけて、あんな筋肉に殴られてはタダでは済まないと思い込ませることで攻撃を通す。
つまりは説得力のある筋肉量が必要となる除霊法でね、あれこれ面倒な理屈が必要ないということで結構な需要があるんだ。
そのためのトレーニング法、そのためのポージング、いかに強そうに筋肉を見せつけるかということに精通していなければ通用しないらしい……が、風切君はその拳の鋭さだけで、相手に納得させてしまうようだ」
「……なるほど、それが筋肉式ですか」
と、そう言って少しだけ項垂れるユウカ。
悪いとは言わないが、それと同類なのかと思ってしまって少しだけ気持ちが落ち込む。
「……まだまだ仕事はこれからだから、頼りにさせてもらうよ」
それを見てか、ハクトがそう声を上げる。
ユウカが顔を上げると目の前には結構な数の幽霊の姿があり……それらが声を上げてくる。
『暴力はんたーい!』
『いきなり暴力かよ!!』
『野蛮人め!!』
今後も攻撃が通用するのか否か……とにかくこれからが本番だと気合を入れ直したハクト達は、目の前の幽霊達へとそれぞれの武器を構えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




