幽霊
ある日の夕方、仕事を終えたユウカがなんとなしにハクトの家に寄ると、珍しく難しい顔をしているハクトの姿があり……椅子に座って腕を組んで、リビングテーブルの上の書類を睨んでいるハクトに驚いたユウカは、その書類が役場からの依頼書であることにも気付いて更に驚く。
独特の黄色い封筒で届くそれは、ハクトが睨むような代物ではなく、比較的簡単な……幻獣課の課長が気を使って回してきた仕事ばかりで、むしろ楽で稼げる仕事だと喜ぶべきものだったからだ。
「ど、どうしたんですか? そんな顔して……。
良い仕事じゃなかったんですか?」
思わずユウカがそう声をかけると、ハクトはその書類を手に取り、ユウカに見るようにと差し出してくる。
その書類を受け取ったユウカは、書類の表題を見るだけで大体を察する。
『幽霊退治』
確かに幽霊が相手とは面倒くさそうではあるが、しかし危険な仕事をこんな形で回してくるはずがなく、どういうことですか? と、視線で問いかける。
するとハクトは小さなため息を吐き出してから、この仕事についてを語り始める。
「幽霊、それ自体は危険な存在ではない。
仮に最高レベルの魔力を持った怨霊だとしても、それが幽霊である限りは大したことは出来ないからだ。
幽霊とはつまり、魔力の塊のような存在だ、その魔力を使えば色々なことが出来そうなものだが、それをやった瞬間、己の体が消費されてしまう。
更に移動しようとしたり、激しく動いたりしようとすると、空気中の魔力に激しくぶつかることになり、己を構成している魔力が削れたり消滅したりする。
仮に魔力のない世界で、魔力の持たない存在が相手であれば、色々とやらかせるかもしれないが、この世界でそんな事はありえないからね、何も出来ない存在であるに等しいんだ」
「……そういう説明だと倒すのも簡単そうですよね? 魔力をぶつけたら良いんですよね?」
「それはその通りなんだが、魔力をぶつけて消滅させたとしても、また再構成されてしまうんだよ、幽霊の念というか感情と言うか、強い思念が残っている限り何度でもね。
その材料となる魔力が無尽蔵にあるために、一度発生してしまうと鎮圧させるのは大変なんだ」
「な……なるほど。じゃぁ具体的にどうしたら発生しなくなるんですか?」
「心を折る」
「はい?」
「幽霊の心を折れば良い」
そうハクトに言われてユウカはきょとんとした顔になる。
言っていることは分かるが、しっかりと理解出来ないと表情で語っているとハクトが詳細な説明をし始める。
「今回依頼されている討伐対象である『幽霊』とは、世間に知られている通りの存在ではない。
死んだ人の魂とかではなく、この世界に残った残留データのようなものと思ったほうが良い。
世界中に存在し漂っている魔力の中にその個人に関する記録やデータが何かの偶然で残留してしまい、それが自動で繰り返し再生されている、というのが正しい表現だろう。
しかもそのデータは感情を持っている、人格を有している、本体からコピーされた幽霊独自の人格があるが、しかし幽霊は人間ではない。
食欲や睡眠欲など、人間が持つ当たり前の欲求を持ってしまっているが、体がないためにそれを満たす方法はなく、しかし自分には好物を食べた記憶や、趣味に没頭した記憶があるためにどうしてもそれを求めてしまう。
このコピー人格の心を折って、二度と現世に現れたくないと思わせることが出来れば鎮圧は完了だ。
他にも神秘的儀式や念仏、筋肉式除霊法などもあるが、それらは俺達には出来ない方法なので、説明は省かせてもらうよ」
「え、ちょっと待ってください、筋肉が気になりすぎるんですけど!?
ま、まぁ、なんとなくは分かりました、つまり先輩はこれから騒動を起こしている幽霊の心を折りにいくんですね。
……えっと、具体的にはどうするんですか?」
「それは相手によるね。
何度も消滅させているうちに心が折れる者もいるし、説得でいける場合もある。
親族による説得やお説教という手もある。
それで済めば良いのだが、下手に根性座った幽霊だと厄介でね、もう死ぬことも逮捕されることも罰されることもないからと開き直って好き勝手やるんだ。
その度に消滅してもお構いなし、何度も何度も蘇っては好き勝手をする。
こうなると悪霊としか言えない存在になる訳だねぇ」
「な、なるほど……。
あの、本当に幽霊の罰を与える方法ってないんですか? 何かありそうなものですけど……」
「あるにはある。
そういう技術を持つ本職は多いし、幽霊に干渉出来る幻獣や、幽霊を食す幻獣もいる、そういった幻獣なら対処可能だろうねぇ。
ただまぁ、そういう技術を持つ人や幻獣は本当にヤバい幽霊の対処で各地を飛び回っているからねぇ、どうでも良い相手にはわざわざ動いてくれないんだよ」
「……なるほど。
それはなんとも面倒そうですねぇ、実害はほとんどないけど対処がこじれると面倒な感じですか。
……相手の心を折るような口論かぁ……そういうのが得意な人、得意……。
あ、なら先輩なら余裕じゃないですか」
と、ユウカ。
突然明るい声になってそう言うユウカに、ハクトは目を丸くしながら言葉を返す。
「余裕って、なんでまたそんな結論に?」
「学年違ってても噂聞いてますよー。
学院のディベートの時間とかに、相手をボコボコにしまくって心折りまくったせいで、途中から相手がいなくなったそうじゃないですか!
先輩って正しけど容赦ないから……うん、余裕ですね。
後学のために私も同行したいと思うので、容赦なくズバズバやっちゃってください!」
そう言われてハクトは否定をしようとする……が、過去を振り返ってみると否定をすることも出来ない。
確かにその通りだったかもしれないと、そう思ってしまう事例がいくつかあったからだ。
そうしてハクトは渋々ではあるがその言葉を受け入れて、静かに頷く。
それで同意が取れたとユウカは大喜びし、静かに様子を見守っていたフェーのことを抱き上げてはしゃぎ始める。
現場は遠く、ちょっとした遠出、仕事さえさっさと終わらせれば旅行気分で楽しむことも出来る。
……ハクトとしてはそんな簡単に行くとも思えなかったのだが……。
ともあれはハクトは渋々ではあるがその仕事を受けることを決めて、連絡をすべく電話の下へと向かっていくのだった。
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