書類
数日後、ハクトはブキャナンの庵に呼び出され、そこで書類仕事に忙殺されていた。
理由はグリ子さんが引き起こしたピザ魔法で、一体何があったのか、どういう力だったのかを役所に届けるためにハクトは、山のような書類と格闘していた。
「ここで下手に秘匿するよりかは、書類として提出し公開してしまった方が良い結果になりやしょう。
特に美容に関するとなると必死になりすぎる方々がいらっしゃいますから……。
ユウカさんのあの変わり様……普通に仕事をしているだけでも目立ち、既に何名かの方々は知っておられます。
彼女らが家に迫って来る前に、その書類を完成させてくだせぇまし」
ハクトが座卓に向かう中、座布団の上にゆったりと座った人間姿のブキャナンは、そう言ってから茶をゆっくりとすする。
「……何度も言わなくても分かっていますよ、大僧正。
しかし美容を侮る訳ではないですが、それを理由に暴走する方々がいますかね? そこまで重要な話ではないでしょう?」
そうハクトが返すとブキャナンは、半笑いになりながら言葉を返す。
「まだまだ青いでやすねぇ。
もしこれが軍事的、研究的に重要であればわざわざ動く方はおられません。
政府が確実に動いてくださいやすから、個人がわざわざ動く必要はねぇんでやす。
しかし美容となるとハクトさんの仰る通り、重要な話ではごぜぇやせんから、政府などが動くことはありやせん。
……そうなると個人でなんとかする必要があるという訳でございやす。
金を使うか人を使うか、圧力を使うか。
ハッキリ言って予想が出来やせんから、とっとと責任をお上に投げてしまいやしょう。
そうしたならハクトさんはある意味用済み……誰も執着することはねぇでしょう」
「……まぁ、理屈は分かりますし、やりはしますけども……。
そもそもコスパが最悪な程に悪くて、新しい美容法とは全然言えませんよ?
多分ですがあの量の魔石を使うのなら、もっと効率の良い既知の方法があるはずです。
たとえるならドラゴン級の発電所数十基で1人分の化粧水を作っているようなものです。
仮に新発見なのだとしても、そんな真似は国が許さないでしょう?」
「その辺りを皆様に分かっていただくための書類でごぜぇやす。
どんな言葉を尽くしても説明をしても、そういった方々は受け入れてくれやせんが、責任が伴う公的書類となれば嫌々受け入れてくださることでしょう。
そういう訳で、さっさと仕上げてくだせぇ……世界を守ってくれるかもしれない魔石を無駄に使ってしまってんでやすから、そのくらいはしていただきやせんと」
「……まぁ、それについては少しだけ申し訳なく思っていますけども……。
でもどうせグリ子さんなら、また魔石を作り出しますよ、美味しいご飯を食べるついでに」
「そのグリ子さんを守るための書類でもありやすから、口は良いですから手を動かしてくださいませ。
……グリ子さんの美貌についても一応話題になっておりますし、無駄に注目が集まっておりやすので、お願いしやす」
そう言われては返す言葉もないとハクトは作業を進めていく。
そんなハクトの側には座布団の上でスヤスヤと眠るフォスの姿があり……そしてグリ子さんは庵の外、林の中を元気に散歩している。
こんな状況にあってそれは危険にも思えたが、グリ子さん自身が守護の幻獣な上に、今はブキャナンの友人が護衛についてくれてもいる。
その護衛がいれば何も問題はないはずで、そうと確信出来る人物で……作業を進めながらハクトはその話題を口にする。
「しかしよくご存命でしたね。
……えぇっとあの方のことはどうお呼びしたら? 九郎様ですか?」
「時代的にはクロウ様でもようごぜぇますね。
存命の理由はその名の通り幻獣化を果たしたからで、今は烏天狗の一員でごぜぇやすから、英語で小洒落てクロウというのも面白かろうと思いやす。
……まぁ一度絶命はしておりやすので、存命というのもおかしな話ではごぜぇやすが……。
ともあれあの御稚児様はどう呼ばれようとも気にはしやせんのでお好きにお呼びくだせぇ」
「……分かりました、ではクロウ様と。
で、そのクロウ様は何故急に現れたのですか? 今までどちらに?」
「クロウ様は、分かりやすいくらいの我欲の塊でございやす、絶命の理由も我欲をどこまでも押し通したから……。
そんなお方がわざわざやってきて護衛を買って出たということは理由は我欲。
ですが悪いお方ではありやせん、グリ子さんを害することはねぇでしょう。
ただ今回グリ子さんが行使した魔法には興味津々、それを上手く解析できたなら異世界に行けたりするはずで、冒険心溢れるあのお方はきっと異世界にいってみてぇんでしょうねぇ」
「……なるほど。
そういうことならまぁ、クロウ様に護衛をお任せしておきます。
我欲……我欲ですか、歴史学者が聞けば喜び過ぎて卒倒しそうな情報ですねぇ」
「さてはて、当時の性格もそうだったかは謎でごぜぇやすよ。
歴史に関する証言を求めたとして、あのお方が本当のことを言っているとは限らねぇですし、証言にどれほどの価値があるかはなんとも言えねぇですねぇ。
これだけ年数が経っていると記憶違いということもごぜぇやすし、そう簡単にいかないのが歴史の妙でございやす。
たとえば源氏と平氏、両者揃えて話を聞いたとして、聞ける話は全く噛み合わねぇ相反する事実となるでしょうなぁ。
記憶違いと思い込み、それぞれの名誉と誇り……そも歴史学者さん達がそういった手段に気付いていねぇ訳がねぇんですよ、誰もが最初に思いつき、そして挫折するんでごぜぇやす。
何なら近代の歴史ですら上手くいかねぇんじゃねぇですかねぇ……」
「な、なるほど……確かに言われて見ればその通りですねぇ。
まさかり担いだあの方もいるくらいですから、証言自体は色々と取れるんですもんねぇ」
と、そう言いながらハクトは書類仕事をこなしていき、そんなハクトをブキャナンは不気味なものを見るような目で見やる。
口を動かしながら手元を見ずに完璧に文字を書き上げていくハクト。
文章を確認してみても何の問題もなく、簡単な誤字脱字も存在しない。
そうしてハクトはブキャナンなら数日はかかるであろう書類仕事を、わずか二時間という時間で、完璧に仕上げてしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。




