第9話 海に降る雪は積もらずに融けて消える
「マスター、外へおいで下さい」
チルカが瞳をひまわり色に輝かせながら、船内の客室へ入ってきた。
「あ、もう着いた?」
「ねい。到着にはまだ半日ほどかかります。ですが……雪が降っているのです」
「うげ……」
「マスターは、雪はお嫌いですか?」
「僕の住んでるとこ、結構降る場所だからさ。雪かきは疲れるし歩くのは大変だし……正直、あんまりいい印象はないかも」
「そう、ですか……」
「でも、海に降る雪って見たことないや。綺麗だった?」
「あいあいマスター。非常に幻想的で儚く、素敵な景色です」
「じゃいく」
「ゆきましょう」
外に出ると、凍える風が頬を打つ。
鉛色の空から降る雪の欠片がうねる白波の上を舞い、水面に落ちて、溶けていく。
「本当だ……綺麗だね。海なら積もる心配もないし......」
欄干に積もり始めた溶けかけの雪を払って、僕はぼーっと降る雪を見る。
「マスター、寒くありませんか?」
「寒いっす」
「温めてさし上げても……よろしいですか?」
僕は辺りを見回し、僕達の他に誰も甲板にいないことを確認する。
「……うん。お願い」
「では、後ろから失礼いたします」
ヒーターが低くうなりを上げ始める。後ろから、そっとチルカが腕を回してきた。背中越しに感じるほのかな温もりが、少しずつ広がり、強まっていく。
「不思議です。マスターの肩越しに眺める雪は、一人で見た時よりも、ずっと美しく感じられます」
「あー、なんか聞いたことある。
友達と一緒にいると、喜びは二倍に、悲しみは半分になるんだって」
「喜びは二倍に、悲しみは半分に……。
それが、心を分かち合うということなのですね」
「そうそう。もちろん、一人で味わったり、乗り越えたりするべきこともたくさんあるんだろうけどさ……基本はみんなで一緒に経験した方が楽しいよね、何事も」
「私、マスターに会えてよかったです」
「なにさ急に」
「マスターは、ミサトーク研究所で稼動期間を終えるはずだった私を、外の世界へ連れ出してくださいました。尽きるはずだったソウルユニットの火を、もう一度灯してくださいました。素敵な仮面ライダー達の戦闘記録を借りてきてくださいました。そして今、分かち合うことの喜びを教えてくださっています。
マスターは……私にとっての、幸せの形です」
「大げさだって……たまたまチルカと出会ったのが僕だったってだけ。誰だって同じことをしたと思うよ」
「ねい、マスター。それは意味のない仮定です。私はあなたと出会ったのですから」
チルカは左腕を胴に回したまま右手を僕の頬に添え、そっと力をこめて振り向くように促してきた。
「ちゅっ……」「っ……!?」
「そして、あなたを愛したのですから……」
目の前の瞳が発する桜色の光が視界に広がる。
彼女の身体から噴き出した熱い風が僕を包む。
───僕にはその時、確かにチルカが微笑んでいるように感じた。




