第10話 審美的理由により
「あれが、魔工技師ダンカンの館......」
ノイシュタットに着いた僕たちは、幸いにもすぐに目指す場所を知ることができた。彼は街の有名人で、立ち寄った酒場にいる住民たちは、口をそろえて彼を偏屈ジジイと呼んだ。
……すんなりチルカに機能を追加してもらえるとは限らないかもしれない。
彼の館は、ノイシュタットを見下ろす高い丘の上にあった。雪を踏みしめて歩く。
「ふう、ふう……き、きつい……」
「マスター……やはり荷物は私がお持ちします。それに、この程度の低温であれば稼働に支障はないとご説明しましたのに、なぜ私にまで毛皮のコートを……?」
「し、審美的理由」
「審美的理由……ですか」
「うん。チルカは寒いところでは暖かそうなコートを羽織ってなきゃいけないし……こんな野暮ったいリュックを背負ってちゃいけないんだ」
「???」
「つまり、チルカは常にエステティックなオートマタであるべきなんだよ」
「理解不能……」
汗をかきながら丘を登りきる。ダンカンの館は古びてはいるが見事な外装を誇っており、一人暮らしだという彼には不釣り合いに感じるほど広大だった。
チルカが館の門を開け、優雅な所作で僕をエスコートしてくれた。
「Oh,aesthetic……」
「ご満足いただけたようで幸いです」
門から玄関の扉までは、雪かきがされていて道ができていた。扉のノッカーをライオンの形をした台座に打ち付ける。大きな音が鳴ると、館の中からとてとてと軽い足音が近づいてきた。
ゆっくりと扉が開き、中から小さな女の子が出てくる。緩くカールした金色の髪に、きらきらと輝く蒼い瞳、そしてかわいらしいピンクのドレスが印象的な子だった。
「いらっしゃいませですの!お客様、どうぞお上がりくださいな!」
「あ、失礼します……」
「かわいいです……」
服の雪を払って中に入る。暖房はあまり効いておらず、肌寒く感じた。
「わたくし、オートマタのレイチェルと申しますの!レイ、とお呼びくださいな!
お二人は、お名前なんて仰るんですの?」
「え!?君、オートマタなの!?」
「はい!163年前に、おじいちゃまに作ってもらいましたの!」
「自発呼吸の模倣、静止状態における体幹の揺らぎ、人工皮膚の裏に透けて見える疑似血管......人間らしい雰囲気を醸成するため、多岐に渡る繊細な技術が用いられていますね」
「はい!おじいちゃまはすごいんですの!」
「僕は霧原晴人って言います。駆け出し冒険者です。ダンカンさんに、チルカの……あ、彼女のことです……機能を追加してもらえないかと思ってうかがいました」
「彼女!ハルトさんとチルカさんは、付き合っておられますのね!人間とオートマタのカップルなんて素敵ですの!」
「あいや、その彼女じゃなくて───」
「あいあい、レイ様。私どもは付き合っております」
「え?」
チルカの顔がこちらを向く。……なにか、いつもとは違う『凄み』を感じた。
「私の口づけを受け入れておきながら......まさか、まだ友達だなどと仰るおつもりですか?もしそのように欺瞞に満ちた態度をお取りになるようでしたら、当機、何をしでかすかわかりませんよ」
「ひぇ……僕たちは恋人です……」
チルカは小さくガッツポーズして、何かぶつぶつと呟いている。
「エイア様やリィ様の仰っていた通りです……ハルト様は、押しに弱い。
作戦、第二フェーズへ移行……」
「第二フェーズってなに……?こわい……」
「くすくす……どっても仲がよろしいんですのね。
こちらへおいで下さい!応接室へご案内いたしますの!」
「ありがとう、レイ」
「レイ様、素敵なドレスですね」
「ありがとうございます!おじいちゃまが縫って下さったんですの!」
「へえ……多才な人なんだ」
「はい!おじいちゃまはすごいんですの!」
うんしょ、と声を上げて扉を引き、レイがこちらを見た。
「こちらでお待ちくださいな!」
豪華だが、やや色褪せた調度品の並ぶ応接室に通される。並べられているのは美術品ではなく、見事な細工を施されたオートマタのパーツらしき魔導具の数々だった。
「何に使うんだろ、これ……」
「マスター、それはオートマタ用のアクチュエーターです。当機の四肢にも搭載されております。そしてこちらは……」
チルカからそれぞれのパーツについて説明してもらって時間を潰す。
「お前たちか、ワシに用があると言うのは」
───扉が開き、威厳のある声が響く。
眉間に深いしわが刻まれたその老人の居住まいはかくしゃくとしており、長く伸びた白い眉毛の下の瞳は、鷹のように鋭い眼光を放っていた。




