第5話 大切な人の代用品
「事情は分かった。……が、私に何をしろというんだ?」
「テリーゼは頭がいい。なんか知ってるはず」
「ここへ来たばかりの時、近所の連中にも同じようなことを言われたよ。『テリーゼは調合ができるから、この病気も知ってるだろう、あのケガも治せるだろう』とな。フン、おかげで私室の本棚は、医学書で一杯だ」
「無理を言ってるのは分かってます。でも、僕達じゃどうにもできなくて……どうにか知恵をお借りできませんか」
「貴様に頼まれては……どうにかするしかあるまい。
……ふむ、では、巨人の肩に乗ることにするか」
「巨人?どこにいるの」
「すぐ近くだ。……マイラ!少々用事ができた。留守の間は頼む」
『りょうかーい♪……あっ、ミャーちゃん暴れないで……ぎゃーーーっ!!』
「大丈夫かなあ……」
「お前たちもついてこい。ハルト、貴様の名前が必要だ」
「はい……?」
テリーゼが向かったのは、魔術学院だった。その外観を見ただけで先輩との戦いが……そして彼女の死に際が鮮明にフラッシュバックし、息が苦しくなる。
テリーゼは迷いのない足取りで学院の中を進み、通路の突き当りにある古めかしい木の大扉を開ける。
「おー……」
「すごい……本がこんなに……」
広大な図書館には、見渡す限りの本の山が整然と並べられている。受付の奥に置かれた机では、学院の生徒たちが魔導書を開いて勉強していた。
「これが先人たちの積み上げてきた、知識という名の巨人だ」
誇らしげにそう言うと、テリーゼは受付に向かった。
「人型のオートマタについての文献を探している」
彼女が話しかけると、司書の女性は整理していた書類から手を離し、顔を上げた。
「何時代のオートマタについてお調べですか?」
「古代戦争時代......アストラエア帝国のオートマタについてだ。……ああそれから、機工学の現代技術についても調べたいな」
「……申し訳ございません、古代戦争時代の資料は大変貴重なため、一般の方には公開しておりません。それ以外の資料であればご覧いただけます」
「フフフ……おい、こいつを誰だと思っている?」
「へ……?な、なんっすかテリーゼさん、急に僕を前に押して」
「……学院の方ですか?」
「前学長が手を染めていた忌まわしき禁呪......冥華の製造を止めたのは、他でもない、こいつだぞ」
「え……!?そ、それではこの方は、ティンの英雄、キリハラハルト様ですか……!?」
「あ、獅童を倒した霧原です……別に英雄とかじゃないですけど……」
「し、少々お待ちください。上の者に相談させていただきます……!」
「ハルト、有名人だね」
「リィだって一緒に頑張ったのに、なんで僕だけ……やっぱり調子に乗って空なんか飛ばなきゃよかったなー……あれでだいぶ印象強まっちゃったっぽいんだよね……」
「マイラのトランス形態に類似していたという、アレか?……エンドブリンガーで共有できたのだとすれば、やはりあの翼はマイラの体内で具現化した一種の魔法ということか……しかしその場合、メルクリウス力は一体どのように均衡を保って……ぶつぶつぶつ……」
戻ってきた司書が、興奮したような様子で言う。
「閲覧許可、下りました。現時点よりキリハラ様は、学院内のあらゆる資料をご利用いただけます」
「ありがとうございます」
「検索魔術で、該当する資料の名前と位置を書き出しますので、もう少々お待ちください」
司書が白紙の上に魔法陣を展開し、詠唱を始める。
「オートマタ、人型、古代戦争時代、アストラエア帝国、現代技術……」
「わ……すごい。ひとりでに文字が浮かび上がってきた……あれ魔力感応紙なのかな……」
「お待たせいたしました。どうぞ、お受け取り下さい。古代戦争時代の資料は禁帯出となっておりますので、館外への貸し出しはできません。ご了承ください」
「わかりました」
「……魔力定数が……ぶつぶつ……体内の……冥華による……ごにょごにょ……」
「先輩、いつまで考え込んでるんっすか?早く行きますよ。
───あ……」
「……ん?ああ、すまない。考えにふけっていた」
「この紙に書いてる数字ってなに」
「えっ?あ、うーん……た、多分識別番号みたいなやつじゃないかな?位置がわかるって言ってたし」
「そ。ハルト、テリーゼ、探すのは任せた」
「読むのは?」「読むのも任せた」
「……じゃ、リィは何するのさ?」「寝る」
「ダメだって……他の人に迷惑かかっちゃうよ……」
「むー……」
受付で貰った紙を手に本を探しているうち、いつの間にかリィがいなくなる。人気のない本棚の間で、ぽつりとテリーゼが呟いた。
「やはり似ているか、私は?」
「…………はい。あなたは先輩に似てます。
───っ!?な、なんで急に抱きついて......っ」
「代用品にしてもいいぞ、私を……」
強い怒りがこみ上げ、大声を上げそうになる。僕は拳を強く握りしめ、深呼吸をしてから、振り返り、そっと彼女を押しのける。
「あなたは、先輩じゃない」
「だが、思想や言葉遣いは似ているだろう?男の好みと……年齢もな。容姿についても似せることは」「もう黙ってくれません?あなたを嫌いになりたくないです」
「な、なぜ怒る?……わ、私はただ、貴様の心の支えになれたらと思っただけで……」
「……まあ、そうなんでしょうね。多分僕達、根っこのところで考え方が違うんですよ」
「なっ……!?」
「あ、この本だ。次行きましょう、テリーゼさん」
本を全て集めた後、貸出可能なものを借りることにする。受付へ向かっていると本棚の陰からひょっこりリィが出てきて、僕が抱えた本の上に、分厚い図鑑を数冊乗せた。
「ぐえ、お、重い……なにこれ、リィ……」
「魔物がいっぱい載ってる。家で読みたい」
「いいけど……じ、自分で持っててくれる?崩れちゃいそう……」
「じゃ、全部わたしが持つ」
「いいの?ありがと」
「別にいい。わたしは力持ち」
「流石超スゴスカウト」
「それはもう古い」
「古いかー……」
受付で手続きをすると、司書が申し訳なさそうに言った。
「図鑑は貸し出し不可となっております」
「なんで」
「貸し出してしまうと、他の方が調べ物でお使いになる時に困ってしまいますので」
「むーん、確かに。じゃ、仕方ない」
「ここで一緒に読んでいこっか」
「ん。色々教えてあげる。わたしは魔物に詳しい」
「そっか。楽しみ」
「は、ハルト。その……」
「……はい。なんですか、テリーゼさん」
「す、すまなかった。私の発言は、君に対してもエイアに対しても、侮辱だった」
「あなた自身に対しても、です。
……割と取り返し付かないレベルの失言でしたよ、ちなみに」
「……っ」
テリーゼはかわいそうになるほど青ざめて震えている。……悪い人じゃないんだよなぁ。
「はぁ……そんな顔されたら、怒る気もなくなっちゃいますよ。
───テリーゼさん、あなたは誰かの代わりになる必要なんてない。そのままで十分魅力的なんですから、もっと自信持ってください」
彼女は涙ぐんで黙ったまま、こくこくと頷いた。
「借りた資料は……私の家に届けてくれ。私はここで……禁帯出の資料に目を通しておく」
「任せちゃってすいません。お願いします」
ああ、と頷くと、テリーゼは逃げるようにいなくなってしまった。




