第49話 精霊との絆
怒れる女性陣の中でただ一人リィだけは、腕組みをして満足げにこちらを眺めている。
「ハルトはいいやつ。みんな好きになる」
「リィの心の広さがありがたい……」
そんな僕たちを見て、花の精霊は上品に口を押えながら笑った。
「クスクス……ごめんあそばせ。覚えていらっしゃらなくて当然ですわ」
「あ……からかったんですね?もうっ……」
「そうではありません。彼女、あなたに名乗りませんでしたもの。……この魔法に、見覚えはございませんこと?」
フォリアが優雅に腕を一振りすると、庭中に花畑が広がり、家の壁には花咲く蔦が這った。
「あ……!レッドキャップを倒した夜の......!」
───レッドキャップというのは、ゴブリンの強いやつで……僕がリィと先輩、ギルドの先輩冒険者たちと受けた初めてのクエストで討伐した魔物のことだ。
普通のレッドキャップでもかなり強いらしいのだが、僕たちが倒したのは特別だった。冥華を埋め込まれた人間から生まれた、『レッドキャップ・フロゥス』と呼ばれる新種だったのだ。奴の操る血の薔薇の魔法は、僕たちを全滅寸前まで追い詰めた。
……そいつを倒した夜に、森で出会った不思議な女性は……花を咲かせる、不思議な魔法を操っていたのだ。
「思い出していただけたようですわね。……そう、わたくしは、レッドキャップの魔石に残った、ジュリエッタの魔力から生まれた精霊なのです」
「えっ!?諏訪部さんの雇った傭兵じゃなかったんですか……!?」
「ええ。傭兵ではなく、妖精でしたの」
「そうか、あなたがあのレッドキャップの正体だったんですね。だから初めて会った僕に、あんなに親しげに……」
「いつか……あなたにお会いしたいと思っておりました。もちろん、わたくしはジュリエッタとは異なる存在ですが……あの夢のような夜の記憶は、あまりにも甘く、鮮やかだったものですから……」
「そういうことだったんですね……また会えて嬉しいです」
「あなたも、そう思ってくださる?……わたくしもね、運命の導きでこうしてまた逢えたこと、とても喜ばしく思っておりますの」
彼女は僕の手からじょうろと、そしてハンカチをそっと取ると、上品な微笑みを口元に浮かべて言った。
「これは、洗ってお返しいたしますわ。その時はハーブティーを飲みながら、二人きりでたくさんお話ししましょう?わたくし、あなたに興味がありますの……」
「え……あ……」
「うふふ……水やりの途中ですので、ひとまずはこれでお暇致しますわ」
彼女はもう一度スカートのすそをつまんで優雅に膝を曲げると、ふわりと飛び上がり、風に舞う花びらのように飛びさっていった。
「浮気はいけないなあ、ハルト……」
「ど~ゆうコトかな……ハルト君……?」
「詳細な説明を要求します。さもなくば......」
「ま、待ってみんな、落ち着いて......」
『た、助けてぇ~~!』
と、誰もいないはずの家の中から、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「む。またパテルがいじめられてる。助けに行く」
そう言うと、リィが家に戻っていく。
「ぼ、僕たちも行こう!」
なにか言いたげな三人を振り切って、僕は逃げるようにリィを追った。
・・・・・・
「ひええええええっ!た、食べられる~!!」
声のする方を見ると、赤いとんがり帽子をかぶった小人が、ドータイちゃんとガンメン君……先輩の飼っていた生肉のようなスライム......に壁際へ追い詰められていた。リィがガンメン君に手を伸ばした瞬間、小人を守るように小さなつむじ風が走り回る。フレッシュスライムたちは、驚いたように逃げていった。
「む。マーテル」
リィの見上げた中空をよく見ると、そこには蝶のような羽根を持つ、亜麻色の髪をツタでポニーテールにまとめた活発そうな精霊が浮かんでいた。
「パテル!いい加減、あんな奴らやっつけられるようになりなさいよね!」
「ま、マーテル……だってあいつら、ぷるぷるしていて怖いんだよ……」
「全くもう……パテルは私がいないとなんにもできないんだから……」
「リィ、この二人は?」
「パテルとマーテル。マーテルは前からわたしを見てたんだって。パテルもなんか気づいたらいた」
「前から……?それって……」
グラシエラがそばにきて、耳元で囁く。
「ああ。きっとボクに似て......パテルとマーテルは、リィの両親の冥華から生まれた精霊なんだと思う。でも、二人ともそれを覚えていないし、リィにもこのことは話していないから……ハルトも、頼むよ」
「……うん。わかった」
「あっ、なよなよ5股男」
「……あの、もしかしてそれ僕のことっすか、マーテルさん……」
「他に誰がいるのよ?……こうやって会うのは初めてね、ハルト。私はシルフのマーテル、よろしくね」
「駆け出し冒険者のハルトです。よろしくお願いします」
「その駆け出し冒険者っていうのやめなさい。あんたはこの国を救って、精霊と人間の繋がりを取り戻した英雄なのよ。これからは、英雄ハルトです、って名乗りなさい」
「ええ……自分で英雄って名乗るのダサすぎないっすか?」
「わざと自分の力を小さく言って逃げてるその態度が一番ダサいわ!男なら胸を張って自分を誇りなさい!」
「ま、マーテル……本人が嫌だって言ってるならいいじゃないか。そういうのは他人が押し付けるようなことじゃないよ」
「うるさいわね!あんたは黙ってなさい!」
と、僕の横を通ってシャドウがキッチンへ向かうと、洗い場と水瓶の隙間の暗がりにすっと入っていった。
「あそこがシャドウちゃんの定位置なんだ~。じめじめして薄暗いトコが好きなんだって」
「……なんか、初めて来たときと比べて随分にぎやかになったね、この家......」
「ん。前より狭いし、うるさくなった。……でも、独りぼっちよりずっといい」
「マスター達は、冥華事件を追っていました。冥華から生まれた精霊たちとの繋がりが多くなるのは、当然の帰結かと思われます」
「ハルト……このにぎやかな景色は、キミのこれまでの冒険の結果なんだよ」
「うん……その通りだね、グラシエラ。
へへ……なんか頑張ってきてよかったなー、今まで……」




