第48話 春の訪れ、修羅場の予感
「わ……めっちゃ人通り増えてる。それに精霊も……」
春休みティンへと戻ってきた僕は、大聖堂の地下から外に出て、中央街の大通りをリィの家へと向けて歩いていた。元々人通りの多かったところだが、行き交う人の密度は更に高くなり、まるで家族旅行で行った東京の街のようだ。
「人ごみって……ちょっと苦手だな。早くリィ達の所に帰りたい……」
上を見ると、店々の軒下を透明な羽根の妖精たちが、ふわふわとした白い髪を揺らしながらはしゃぎ合って飛んでいくのが見えた。他にも多くの精霊たちが、街の空を行き交っているのが見える。
「王女様と宰相さん……僕がお願いしたことちゃんと守ってくれてるみたいだ。突然無理言っちゃったのに、ありがたや……」
他の人と体をぶつけないように注意しながら進む。知らない人たちと何度も目が合うのが嫌で、空を見て歩いた。
「あの獣人の人……綺麗な羽根だなー。真っ白で、まるでアイネスみた……あれ?近づいてくる……うわあっ!?」
「ハルト君、おっかえり~♡」
僕を両腕で抱えて飛びながら、アイネスが言う。空から見下ろすティンの街は、獅童との決戦の時に見た、人通りのない、魔物に破壊されてしまった姿と比べて……見違えるように平和で、にぎわっていた。
「すんすん……」
「なぁに、においなんて嗅いじゃって。そんなに私のカラダが忘れられなかったのかな?」
「おばあちゃんちのにおいがする……」
「……ちょっとぉ!女のコになんてこと言うのかな!?仕事帰りなんだから、薬のにおいするのはしょうがないでしょ!もう……!」
「好きだけどな、このにおい」
「そ、そう……?」
「うん。落ち着く感じ」
「じゃあ最初からそう言ってよ。ハルト君にゲンメツされちゃったかと思ったじゃない......」
「アイネスがしおらしい。珍しいこともあるなー」
「むかっ!!久しぶりに会えたのに、相変わらずヤなヤツ、ヤなヤツ!」
「わ、わ、揺らさないで!落ちる!落ちるから!もう僕ヒール使えないの!」
「ふーんだ」
機嫌を悪くしながらもリィの家まで僕を運んでくれたアイネスは、ふわりと着地すると、僕を下ろして大きく伸びをした。
「う~んっ、今日もお仕事頑張った!ハルト君、褒めて褒めて~♡」
「お疲れさま、アイネス。運んでくれてありがとう。それと……ただいま」
「うんっ♪おかえり~!ささ、早く中に入ろ?きっとみんな喜ぶよ~!」
と、アイネスの影が突然盛り上がり、人の形を取ってうねうねと動き出す。
「うわっ、なに!?」
影は僕の声にビクッと形を変えると、アイネスの背中に隠れた。
「あ、ごめんごめん、ハルト君、シャドウちゃんに会うの初めてだったね。……ほ~らシャドウちゃん、お兄ちゃんにあいさつしまちょうね~♡」
アイネスが猫撫で声で話しかけると、シャドウと呼ばれた影はアイネスの肩からほんの少し頭の部分をのぞかせて言った。
「シャドウデス......ドモ……」
「はい、よくできまちた~♡」
「もしかして……シャドウって、精霊?」
「そうだよ~♪私の顔を一目見て懐かれちゃってさ~♡」
「なんか意外……アイネスって小さいものに好かれないタイプだと思ってた……」
「どーいう意味かな、それ!?私は、かわいいものが大好きなの!愛してるの!」
「愛情の示し方がちょっと……」
「シャドウちゃんね~、すごくいいコなんだよ?なんにも言ってないのに、お仕事手伝ってくれるの!倉庫の整理なんて、私より上手なんだから!」
「まあ……ちょっとがさつだもんね、アイネス。……あいた!」
「さっきから余計なことばっかり言わないで欲しいな。たたいちゃうよ!」
「もうたたいてる……」
「……ホントのコト言うとね、たぶんこのコ、精霊化したパパだと思うの」
「え……?」
「人見知りなコなんだけど、ネイティブストライクスのみんなにはすぐ懐いたから。人間だった頃の記憶はほとんど残ってないみたいだから、絶対そうだ、って言えるわけじゃないんだけど……」
「……そっか」
庭に咲く色とりどりの花に春を感じながら、僕は玄関の扉を開けかけて、ふと気づいた。
「あぶな。対リィ衝撃防止姿勢を忘れてた……」
僕は腰を低く構え、飛び込んでくるリィを受け止める準備をして扉を開けた。
「ただいま……っ!?」
扉を開いた瞬間目に移ったのは、低く飛び込んでくるリィと、その上を飛ぶグラシエラの姿だった。上下からの同時攻撃に、僕はなすすべなく後ろにのけ反る。
「た、倒れる……!」
と、二人の後ろに残像が走ったかと思うと、僕の身体は硬い何かに支えられた。
「おかえりなさいませ、マスター」
耳元で、柔らかな声がする。
「遅い。もっと早く帰ってこい」「お帰り、ハルト!」
「ぎゅむぎゅむ……みんな、ただいま……」
「ちゅーさせろ。んちゅ……」「あちょっ、そういうのは中で……」
「ああっ、リイばかりずるいよ。ちゅ……」「グラシエラまで……」
「マスター、当機も接吻を所望します」「あだだだ!首!180度曲がらない!!僕人間!オートマタじゃない!」
「も~っ、仲間外れにしないでくれるかな!」
「アイネス、上からはやめて!」
「クスクス……」
どこかから上品な笑い声が聞こえた。鈴を転がすような美しいその声に、僕たちは騒ぐのをやめ、思わずそちらを向く。
「……あら、失敬。あまりにも微笑ましい光景だったものですから。盗み見るつもりはなかったのです。お花たちに水をあげたらすぐお暇致しますから、お構いなく」
花びらのようなドレスを身にまとった薄緑色の肌の精霊は、スカートのすそをつまんで広げ優雅に軽く膝を下げると、花の方に向き直り、手に持ったブリキのじょうろで、リィの家の庭先の花に水をやりはじめた。
「ゲコゲコ」「キャッ!?」
と、水のかかった花の中からカエルのような魔物が跳び出し、驚いた彼女はじょうろを取り落とす。それは地面に転がり、彼女の美しいドレスに泥が跳ねた。
「えらいこっちゃ……!」
僕はみんなをそっと押しのけて彼女のもとへ向かうと、ハンカチで上から叩くようにして泥を取り、じょうろを拾って立ち上がった。
「セーフです。シミにはなってないっすよ」
僕の差し出したじょうろには目もくれず、彼女は呆然と僕の顔を見つめていた。
「……これが、運命というものなの……?」
「運命......?」
「はっ。……失礼いたしました。ただ……あまりにも、驚いてしまったものですから」
「……あれ?僕たち会ったことあります?なんか見覚えが……」
「うふふ……いいえ。わたくし『は』、あなたとお会いしたことはございません。……お初にお目にかかります、ドライアドのフォリアと申しますわ」
「あっ、ご丁寧にどうも……駆け出し冒険者のハルトです」
「……その節は、ジュリエッタがお世話になりました」
「ジュリエッタ……?すいません、聞き覚えが……」
「あら、ご無体な。あれほど甘く熱い一夜を共にした相手の名を、お忘れになってしまったの?」
「は……!?」
「……ハルト、どういうことだい……?いつの間に、ボク以外の精霊に手を出したのかな」
首筋にちりちりとした冷気を感じ、恐る恐る振り向く。そこには凍てつくような冷気を放つ精霊と、威嚇音を上げる毒蛇、そして目を赤く光らせる恐怖のオートマタの姿があった。




