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機工少女チルカと時魔導士ハルト~大切な人の死を乗り越えるための、小さな冒険~【チートヒーラー外伝】  作者: 黒倉ばくら


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第45話 エセリアルクイーンとの対話

「今さら、オネイロックスを破る者たちが現れるとは……」

早口で神経質な女性の小声が、真っ白な空間に響く。

光の扉の先に広がっていたのは、がらんとした純白の空間だった。僕が一歩踏み出すたび、その動きは黒い残像となって現れ、ゆらめいて白の中に溶けていく。

エセリアルクイーンは、ぽつんと置かれた玉座の前に立ち、じっと僕たちを見下ろしていた。逆光で顔は見えないが、朝焼けの白を集めて作ったような美しいドレスからのぞく彼女の腕は痩せさらばえ、頭につけた白銀のティアラだけが、場違いに生き生きとした輝きを放っていた。

「……たったこれだけか?他にはいないのか?」

「あい。我々のパーティーは最新鋭オートマタの私チルカ、王子様系氷の精霊のグラシエラ、試練を乗り越え最強の魔術師へと成長した我がマスター、ハルト様の三人で構成されています」

「一体かの竜をどのような奸計に陥れたのだ?」

「卑怯なことなんて何もしていないさ。ボクたちは正々堂々とおばあちゃんに挑んで、打ち破ったんだ」

(うーん……正々堂々かどうかは判断が分かれるんじゃないだろうか……)

「わらわがそんな嘘を信じるとでも思っているのか。オネイロックスはかつて精霊たちの里を襲った幾千の人間の兵士達をも打ち破った、不破の護竜だぞ。お前たち如きが下せる相手ではない」

「エセリアルクイーンさん、僕たちは、精霊と人間の関係を直したいと思っています。だから、あなたの持つ魔石を譲ってくれませんか」

「不可能だ」

「そんなこと言わないでおくれよ。ハルトとチルカは命がけで精霊の神殿を攻略して三つの魔石を集めたんだ。……そしてボクたち三人は、全ての力を出し尽くしておばあちゃんを倒して、あなたに会いに来た。それでも、認めてくれないっていうのかい」

「認める、認めないの問題ではない。不可能だ、と言っている」

「魔石の譲渡が不可能とは、どのような意味でしょうか」

「…………。我が半身を目覚めさせる四つの魔石……それは、精霊たちの祈りだ。夜明けを願い、精霊の新たなる旅立ちを求める、希望の祈りだ。そしてわらわは、その祈り方を忘れてしまった」

「そんな……どうして?」

「……どうして、だと?よりにもよって人間がそれをわらわに尋ねるか。我ら精霊を狩り、殺戮の道具として利用したお前たち人間が!」

「ねい。エセリアルクイーン、あなたの発言には誤解が含まれています。マスターは異世界より転移してきた人間であり、この世界の人間が過去に行った行為に対する歴史的責任はありません」

「ほう。……ではお前たちが我が領域を解放しようとする目的は、少なくとも贖罪ではないということだな。どうした、魔力源が足りなくなりでもしたのか?」

「最初に言った通り、僕たちの目的は精霊と人間の交流を再開させること……ムーンスターの願いと同じです」

「なぜわらわがそのような綺麗ごとを信じると思うのだ?」

「もしハルトやボクたちが、悪いことの為に精霊界の扉を開けようとしているのなら……おばあちゃんは、絶対にボクたちをあなたのもとへ通してはくれなかったと思うよ。とても頑固で、責任感の強い人だから」

「…………どうでもいい。お前たちの真意が何であろうと、わらわにはもう関係の無いことだ」

「どうでもいい、ですか。それは精霊界の統治者の発言として、いささか責任感に欠ける発言だと思われます」

「オートマタよ、お前に何がわかる。

千年待った。

誰一人来なかった。

人間は贖罪と対話の代わりに、ただ我々を忘れ去ることを選んだ。今さらお前たちに、何を期待しろというのだ」

「僕が……人間に精霊のことを思い出させてみせます」

「なんだと……?」

僕は水の神殿で読んだ本のことを思い出しながら、ゆっくりと話し始める。

「感情論や理想論に頼るつもりはありません。精霊との交流を、人間の発展に欠かせないものにする方法があります」

「やはりな。そうやってまた我々を利用するつもりなのだろう」

「いいえ。平和的な交流で、お互いに利用し合うんです。……グラシエラ、精霊は木の実や果物が好きな人が多いんだよね?」

「え?う、うん。ボクはピチピーチが一番好きだけれど……どうして?」

「人間には、木の実や果物を量産する農業の技術があります。精霊界を開放すれば、新鮮でおいしいピチピーチやスカイアップル、バイパインがたくさん食べられるようになりますよ」

「ほ、本当かい!?じゅるり……」

「……そして、お前たちは見返りに何を求める?」

「金銀財宝です!精霊が嫌いな人間はいても、お金が嫌いな人はいません!果物だけじゃない……人間は精霊にとって価値のあるものを、たくさん売り込みにきます!」

「売り込む?騙し取るの間違いだろう。人間は信用ならん。公正な取引など望むべくもない」

「うっ……た、確かにそういう問題は出てくると思いますけど……。

あっ!僕、ノイシュタットの南にある、ティンという国の王女様と知り合いなんです。彼女にお願いをして、公正な取引の仕組みを作って……人間との取引は、最初のうちはティンを仲介するようにしたらいいんじゃないでしょうか。もちろん、その仕組みを作る時には精霊側の代表者も参加するってことで……」

「解せぬな……わざわざそんなことをして、お前に何の利益がある」

「え?うーん……精霊と人間が仲良くしてるのを見て楽しめる、とかっすかね」

「ふざけているのか?」

「ねい。エセリアルクイーン、マスターは本心を語っていらっしゃいます。この方は、ただ良心のままに生きているお方なのです」

「あと、精霊は人間とは違う魔法を使うんですよね?人間は精霊より魔力の扱いは下手ですけど……そのかわり詠唱や魔法陣なんかの術式、魔力の集束や拡散の技術についての知識を蓄えてきました。人間と精霊が交流することで、お互いの魔法の発展を速めることができると思います。ちょうど、ティンには魔術学院もあります。そこから始めるのはどうでしょうか」

「人間の魔術か……忌々しい。精霊はそんなものに頼ることはしない」

「エンドブリンガーの一件を考えれば、そう思うのも無理はないのかもしれませんけど……精霊たち全員が、あなたと同じ意見なんでしょうか?」

「なんだと……?」

「あなたが精霊界の女王で、精霊たちを導いていく立場なのはわかってます。でも、だからと言って、新しい事を知りたい、人間と交流してみたいっていう精霊たちの気持ちを無視してしまうのは、本当に正しいことなんでしょうか」

「エセリアルクイーン、ボクはもっともっと人間のことが知りたい!だからお願いだよ、もう一度だけ、人間のことを信じてみてくれないだろうか……!」

「……駄目だ。お前たち精霊を守ることが、私の女王としての使命なのだ」

エセリアルクイーンの態度は、想像以上に頑なだった。僕は焦って、身の丈に合わない約束をしてしまう。

「ティ、ティンに精霊の権利についての法律を作らせます!すぐに全部決めるのは無理かもしれないけど……精霊に対しての犯罪を、人間に対しての犯罪と同じように処罰させることだけは、最優先で約束させます!そうすれば、人間がこぞって精霊を狩るようなことは起こらなくなるはずです!」

「………………」

「ど、どうでしょうか……?」

「人間。本気、なのか。お前は……」

「はい!」

「少し、待て............」

エセリアルクイーンは少しうつむくと、手を胸の前で組んで、静かに祈り始めた。

「エセリアルクイーン……!やった、山盛りのピチピーチが……!」

「ついに、全ての魔石が揃うのですね」

チルカとグラシエラの期待とは裏腹に、エセリアルクイーンは顔を上げると、ゆっくりと首を振る。

「…………駄目だ。千年の間に……わらわはあまりにも多くのことを忘れてしまった。わらわは厳格なるかくりよの女王、全ての精霊の守護者......この千年、わらわはただ精霊たちの安寧だけを考えて生きてきた。精霊界を開放することで、たとえ一人でも傷付く精霊がいるのならば......わらわはその未来を願う事はできぬ」

「エセリアルクイーン、それは非現実的な要求です。リスクを完全に回避して、新たな挑戦をすることは不可能です。それは精霊界においても同じなのではないですか」

「……祈れぬものは、祈れぬのだ」

「そんな……ボクの山盛りピチピーチが……」

「……守る力が、あればいいんですね?」

「なに……?」

「騙されたり、傷付いたり、裏切られたり……精霊たちに降りかかるそういう不幸を全部なかったことにする力が、もしあなたにあったのなら……もう一度、人間との未来を望んでくれますか」

「マスター、なにを……」

「……そんな力があったのなら、わらわは精霊界など作らなかっただろう。あのように狭く荒涼とした世界に精霊たちを押し込めたりせず……ただあの忌々しきエンドブリンガーを永遠に消し去っていただろう。だが、そんな絵空事を語ることに意味はない。過ぎた時は戻らぬのだ」

「戻りますよ。戻せるようにしてあげます」

「……なにを言っている……?」

「ムーンスター……最後にもう一度だけ、力を貸して……。あなたの半身に、希望を信じる心を、思い出させるために……」

目を閉じて祈ると、優しい魔力に身体が包まれていく。

僕はそれに、自分の一番大切な力を託した。

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