第44話 おばあちゃん、泣く。
───凄まじい衝撃に耐え切れなくなった右脚が折れ、粉々に砕け散る。僕は集中を保てなくなり、止まっていたオネイロックスの時が動き出すのを感じた。無様に転がる僕たちにまず光が追いつき、少し遅れて音がやってきた。
(う……ヒール......っ)
あちこち欠けた身体と無くなった右脚を治し、ふらふらと立ち上がる。
「手ごたえあったけど、オネイロックスは……」
振り向いてみると、オネイロックスはまるで凍り付いたかのように動かない。
(紫炎の消散を確認。攻撃阻止には成功したようです)
頭の方まで回り込んでみると、彼女の顔は血まみれになっていた。……と、僕たちの身体が光に包まれ、融合が解ける。
「ふー。ギリギリだったね」
「あい。……正義は勝つ。きゅぴーん」
「きゅぴーん」
「やったよ!おばあちゃんの鱗が……あれ、なんで2人とも斜めに腕を伸ばしてるの?」
「正義は勝つのです」
「???」
「グラシエラもやろうよ。きゅぴーん」
「こうかい……?きゅぴーん……はは、なんだか楽しいね」
「ぬしら……」
オネイロックスはようやくこちらに気付くと、のろのろと顔を向ける。
「っ……!」
彼女はゆっくりと前足を動かし、どくどくと血の湧き出す自分の額に触れると、爪に付いた血を見て呆然としている。
「う、噓じゃろ……?わちきの鱗が、砕かれてしもうた……」
「どうだ!負けを認めて、あんな夢を見せたことを謝って……」
「うう……ふえ~~~ん!!傷ものにされてしもうた!もうお嫁にゆけぬ~~~っ!」「え」
グラシエラは少女の姿に戻り、額から血を流しながらわんわん泣き始めた。僕は毒気を抜かれてしまい、心配になって彼女のもとへ駆け寄る。
「あ、あの……」「ぼん!乙女の顔に傷を付けるとは、主には人の心というものがないのかえ!?責任取れ!責任取るのじゃ~~~っ!!」
「あわわわ~……肩掴んで揺らさないで~……治すから~……」
彼女の傷を治し、3人でなだめる。オネイロックスはグラシエラが作った氷の鏡で自分のひたいを入念に確認し、偉そうな態度で何回も僕にヒールをかけなおさせた後、ようやく機嫌を直した。
「わちきももう長いこと生きとるが……今日ほど驚いたことはない。まさかわちきの鱗を砕くものが現れるとはのう……しかもそれが人間と自動人形の合いの子だっちゅーんだから、こりゃもうおったまげじゃわい」
「ボクもハルト達が進む道を拓くために、おばあちゃんの炎を消したりしたよ」
「なに、わちきの紫炎をかえ?ほー、グラシエラもよう頑張ったのー」
オネイロックスはグラシエラに近づくと、背伸びをして彼女の頭を撫でた。
「えへへ……」
「それと……んにゃ~……ぼん!」
「はい」
「契約に定められし手順に則ったまでとはいえ……ぬしの記憶をもてあそぶような真似をしたこと……詫ぶ!」
「ほ、ホントに謝った……」
「何じゃいその反応は!あれだけ謝れ謝れゆーといて!!」
「そ、そうですね。こちらこそ、むきになっちゃってすいませんでした」
「フン!わちきが人間ごときに詫びるなど、雪と雨と槍がいっぺんに降るほど珍しいことなのじゃからな!感謝せいよ!」
「わかりました。僕こそ、生意気言ってすいませんでした」
「オネイロックス。私達の力、認めてもらえましたでしょうか」
「……うむ。ぬしらは見事に最後の試練を乗り越えた。その力、これからも正義の為に振るえよ」
「あいあい」
「っしゃ!勝った!」
「生人間界……!」
「それでのう……最後の魔石なんじゃが……んにゃ~……」
「……あれ、なんか嫌な予感が……」
「済まぬ!わちきは持っておらんのじゃ!」
「ええっ!?どういうことだい、おばあちゃん!」
「実はのう……わちきに与えられた役目は、最後の魔石を持つ者への道を守ることだったのじゃ。ほれ、今開いてやろう」
オネイロックスが空中に魔法陣を描くと、それは星の光でできた扉となり、僕たちの前に降りてくる。
「この扉の先には、誰がいるのですか」
「かつて、悪しき人間に追い立てられた精霊達に、安息の地を与えた高貴なるかくりよの女王……えせりあるくいーんじゃよ」
「……彼女は、ムーンスターのもう一つの姿なんですよね?じゃあ、最後の魔石は、彼女自身が持っているってことですか?」
「いかにも。影なる自分が夜明けを求めたとき、初めて彼女に真なる目覚めが訪れるのじゃ」
「……ボク、精霊界で何度か会ったことあるけど……あの人ってすっごく怖いんだ。うう、大丈夫だろうか……?」
「なに、心配するでない。わちきの認めた勇者たちじゃ、あやつも気に入るじゃろうて。胸張って行ってくるのじゃ!」
「はい!」「あい。当機の姿勢は常に最適に保たれています」「そうだね……行ってきます、おばあちゃん!」
「……およ、忘れとっ。ぼん、こいつを持ってゆけい」
「これは……あなたの鱗……」
「なんつったかのう……ほれ、どろっぷあいてむちゅーやつじゃ。御守りにでもせい」
「ありがとうございます」
桜色の分厚い鱗をポーチにしまい、僕は2人の方に向き直る。そして僕たち3人は、そっと光の扉を開いた。




