第43話 時を止めて、光よりも早く
氷の道を進んでいると、チルカが呟く。
(-100キュピド以下の極低温を検出。オーバードライブモードの冷却に活用できそうです。行動限界秒数を14.3秒に修正......)
ついにオネイロックスの前までたどり着いた僕たちは、やる気満々で肩を回した。
(近接戦闘はお任せください、マスター。逆鱗付近の、露出した皮膚を集中攻撃します)
(うーん……いや、ここはひたいを狙おう)
(その作戦は非効率的です。彼女の顔は極めて堅牢な鱗によって守られています)
(その守りが打ち砕かれたら、オネイロックスも負けを認めると思わない?)
(なるほど、正面突破ですね。たまにはマスターも、素敵な戦略を発案されるではありませんか)
(たまにはってなにさ、たまにはって!)
(マスターの戦略は多くの場合姑息で、時に悪辣です)
(反論できない……)
「では……いきます!チルカラッシュ!」
息もつかせぬ拳と蹴りのコンビネーションが、オネイロックスのひたいの一点を正確に捉える。
「チルカムーンサルト!オーロラブレード!」
オネイロックスを蹴って宙を舞うと、空中でブレードを展開し、無数の光波を撃ち下ろす。鮮やかなネオンカラーの光が闇を裂き、夢を守る竜へと襲い掛かった。
「オーロラ……キャノン!」
チルカはブレードの魔力を極限まで収束させると、一気にそれを放った。七色に輝く特大の魔力波が、オネイロックスの頭に直撃する。反動で身体が吹き飛び、僕たちはちょうどグラシエラが休んでいる所まで戻ってきた。
(おお、新技......)
(閃きました。……ですが、魔力噴出孔に繋がる導管がバーストしてしまいましたので、常用は難しそうです)
(だいじょーぶ、僕が治すよ。えい)
「おかえり。すごい攻撃だったね!」
「仕上げに移りましょう。全残存魔力を消費したオーバードライブモードの一撃で、オネイロックスの守りを粉砕します。グラシエラ、余剰魔力を譲渡してください」
「ああ。キミたちに魔力を渡せばいいんだね。
……ってええっ!?ボクが!キミたちに!?」
「あい」
「魔力を!?」
「あい」
「渡すのぉ!?」
「あいあい」
グラシエラは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。僕たちが手を伸ばすと、彼女は逃げるように身体を引いてしまう。
(マスター、説得を)
(ど、どうしても魔力を貰わなくちゃダメ?めっちゃ恥ずかしがってるよ……)
(マスターらしくありませんね。物事の優先順位をお考え下さい)
(うっ......)
「グラシエラ、その……精霊にとって誰かに魔力を渡すっていうのは、きっと気持ちの準備がいることだとは思うんだけど……今度の攻撃は失敗できない。これがオネイロックスの守りを破る、唯一のチャンスなんだ」
「い、一緒に魔法を使ったり、魔力を受け取ったりするのだって初めてだったんだよ?それなのに、魔力を渡すのもだなんて……。これじゃ、全部の初めてをキミにあげることになってしまうじゃないかぁ……」
「うっ......ごめん……」
「…………。ううん、謝らないで。キミはボクの為に、危険をかえりみずに魔石を集めてきてくれた。ボクだって、覚悟を見せなくては……」
グラシエラは小さく頷くと、真っすぐに僕を見つめた。
「ボクの魔力を、吸ってください」
「……っ。うん……」
彼女の手を握り、奥深くへと潜っていく。
「すごい……そこら中にきらきらした魔力が踊ってる……本当に精霊は、魔力でできてるんだ……でも、あれ……リパルサーが……ない?」
(マスター、精霊にリパルサーは存在しません。彼らは自分の意志で魔力の経路を開閉することが可能です)
(あ、そうなんだ……)
「ちょ、ちょっと、どうしてボクの中を見たの!?ハルトのえっち!」
「ご、ごめん。精霊の身体の仕組みがわかってなくて」
「もうっ……!はやく済ませておくれよ……!」
冷たく甘い彼女の魔力は、ほのかにミントの香りがした。
・・・・・・
「ソウルユニット充填率、Σ%。オーバードライブモード、発動します。グラシエラ、私から離れ、衝撃防止姿勢を取ってください」
(……っ、来た……!)
凄まじい勢いで魔力の放出が始まる。意識が流れ出てしまうのではないかという恐怖に、歯を食いしばって耐える。視界にオレンジ色の魔力流が走り、全身のユニットが一斉に動作し始めた。
「う、うん、わかった!おばあちゃんに、ボクたちの気持ちをぶつけてきて!」
「痛覚遮断。全リミッター解除。自己保存プロトコル無効化」
身体の感覚が鈍くなり、全身を魔力が駆け巡る不気味な感覚だけがより一層鮮明になる。紫檀鋼のフレームを通じて排熱機構のファンのたてる高いうなりが聞こえる。
「ソウルユニット強制動作。アーティフィシャル・リパルサー全開放。魔力乱流の特別制御プロトコル開始」
放出される魔力が一段と勢いを増し、あれほど体内に満ちていた魔力が、一瞬のうちに消し飛んでいく。遡行魔法を使ってソウルユニットと生体組織を保護する。視界をよぎる魔力が青白く変色し、速さを増す。
「駆動モーターオーバーロード。流体式熱交換器、最大強度で動作」
全身のパーツが軋みをあげ、凄まじい排熱に周囲の大気が揺らぎ始める。
(ムーンスター、僕の夢を叶えてください……タキオン粒子、開放ッ!)
「ボディ内部に不明な物質の充填を確認。マスター、これは……!?」
(なんか速く動けるようになるやつ!先輩から聞いたことあるんだ!)
「なんか速く?一度きりの勝負で、その様な……!」
(大丈夫だよ。絶対に上手く行くから)
「わかりました、マスター。あなたを信じます」
関節から火花を散らし、駆動音を轟かせながら、クラウチングスタートの姿勢で構える。顔を上げ、まっすぐにオネイロックスを見つめる。
「目標捕捉。角度・距離・速度補正、オールグリーン。インパクトタイミング、計算完了」
(行こう!)
「あい、マスター!」
白銀の欠片が舞い散る中、氷の道を踏み砕き、青白い魔力の光を細氷に乱反射させながら、青い彗星となった僕たちは進む。いつの間にか音は途絶え、完璧な静寂が訪れた。僕たちは、お互いの心の雑念が消え、ただ駆けることだけを考えるように研ぎ澄まされていくのを感じた。
凍った時を無理矢理に動かし、僕たちはひた走る。
理屈など知らない。ただ意思と身体だけあればよかった。
「正義の鼓動、光より速くッ!!」
チルカが跳躍し、オネイロックスの額目がけて飛び蹴りを放った。
(結んだ絆が、永い夢に終わりを運ぶッ!!)
光すら置き去りにした僕らは、黎明に夜明けを知らせる明星のように進んで行く。
衝突の瞬間、僕とチルカ、そしてグラシエラは心を合わせて唱えた。
『『『クリティカル・モーメントッ!!!』』』




