第41話 ムーンスターに祈りを
「うっ……すごい威圧感だ……!」
慎重に近づいていくと、オネイロックスに吸い込まれた夜の闇が、禍々しい紫色をした、炎のような魔法へと変わっていくつも放出されているのがわかった。
「しかし……魔法を吸収してしまう冥華の防御反応を魔力補給に利用しようだなんて、よく思いついたね」
「当機には、帝国最新鋭の思考ユニットが搭載されておりますので」
(でもさ、ホントにこれ……吸収しきれるの?)
「最も小さい放出魔力の魔法のみを対象にすれば、計算上は可能です。現在、我々の残存魔力量はおよそ85000ニクソス、検出された魔力線から推定される最小放出魔力は約396000ニクソスです。グラシエラの魔力容量を100000ニクソス、マスターとグラシエラの耐用限界値を当機と同じ200%と仮定した場合、5000ニクソスの余裕があります」
「???」
(???)
「私を信じてください」
(うん、わかった)
「……うん、わかったよ。けれど、その……チルカやハルトに魔力を貰うというのは、けっこう恥ずかしいな」
「申し訳ございません。緊急時の処置ですので、ご理解をお願いいたします」
「あ、違うんだ、嫌なわけではなくて……ただ、その、自分がそういう事をするとは思いもしていなかったから、心の用意ができていないだけなんだ」
(精霊って、全身が魔力でできてるんだもんなー……。魔力の受け渡しへの抵抗感は、人間よりも強いのかも……)
しばらくためらっていたグラシエラは、決心したように頷くと、上目遣いでおずおずとこちらに手を伸ばしてきた。
「よ、よろしくお願いします……」
(か、かわいい……)
(マスター、集中を)
グラシエラの手を取り、僕たちは比較的小さい炎の近くに向かう。それでも僕たちの背丈と同じくらいの高さがあり十分に巨大で、離れていても分かるほどの圧倒的な魔力を放っている。
「ハルト、チルカ……信じてるからね」
「痛覚遮断。オネイロックスの紫炎に接触します」
チルカが右腕を動かし、そっと紫炎に触れる。
「……っ!戻れ!」
僕たちの冥華がそれを魔力に分解するまでのほんのわずかな間に、揺らめく破滅の紫炎は紫檀鋼の指をほとんど溶かしてしまった。慌てて治癒をすると、次の瞬間、圧倒的な魔力の奔流が僕たちの身体に流れ込んでくる。
「当機ソウルユニット、及びマスターの冥華の魔力総量、70000ニクソス。90000,110000,130000,150000、基準値を超過。グラシエラへの魔力譲渡を開始します」
「あ……来たよ……。わ、わ、わ、すごい……」
(わたわたしてる……)
(マスター、集中を)
(もしかして、やきもち?)
「そんなことはありません」
「あ……え……?ど、どうかしたのかい、チルカ?」「ねい」
(ありませんのです)
(絶対やきもちだ……)
「グラシエラを含む魔力総量、240000ニクソス。260000,280000,300000,320000,340000……」
「うぷ……ボク、そろそろお腹いっぱいかな……」
(チルカ、炎の勢いはまだまだ強そうだけど……本当に大丈夫?)
(紫炎の消失速度が想定より18%遅いです。魔力の吸収を中断し、計画の修正を行います)
チルカはそう言ったが、炎に当てた手を離そうとしない。
(……?どうしたの、僕が動かそうか……って、あ、あれ?て、手が動かせない……)
気付くと、僕たちの右腕の肘のあたりまでを、紫色の光が覆っている。
(え!?な、なに、この光……!?)
「……っ!当機の体表を微細な紫炎が浸食しています!ど、どうして!?冥華が吸収してくれるはずじゃ……魔力総量、も、戻れ!戻れっ!!だ400000ニクソスを、駄目だ突破しました!、動かない!どうして!?」
「どうしたんだい、二人とも!?」
「浸食されているのは当機ではなく、当機の周囲の世界そのものです!……せ、世界!?それってどういう事さ!魔力総量440000ニクソス!戻れ!戻れッ!……ううっ、治せない……イメージが全然湧かない……!」
「何か問題が起こったんだね!?ボクは何ができる!?」
「浸食、急速に拡大していきます!あ……む、胸が苦しい……!……腕を切り落とそう!でないと動けないまま魔力で破裂しちゃうよ!ねい、左手ではマジックカッターの展開は不可能です!魔力噴出孔は右手甲にしか搭載されておりません!魔力総量480000ニクソス!理論限界値にとうた」
何が起きているのか分からない内に僕たちの身体はほとんどが邪悪な光に包まれ、口も動かなくなった。
「うっ......お、お腹が裂けそうだ……でも、この手を離してしまったら二人が……」
僕はまだかろうじて動く左腕で、思い切りグラシエラを突き飛ばす。
「うわっ!……ど、どうして……!?」
後ろで彼女が体勢を崩す音が聞こえた。グラシエラに流れなくなった分、急速に魔力が蓄積し、胸が像に踏まれているのではないかと錯覚するほどの圧迫感が襲ってくる。
(が……は、破裂する……っ!)
(ソウルユニット、排熱機構、熱交換器、全て最大強度で駆動!魔力の消費を試みます!マスター、遡行魔法で生体組織の保護を!)
(了、解......!あ……楽になった。ありがとう、チルカ……)
(魔力総量、280000ニクソスで安定。ですが、排気が行えない……排熱機構、機能しません。これでは、数分でオーバーヒートしてしまいます)
「熱っ!……な、なんだ?ハルト達の身体の周りに見えない何かが……。……いや、それがなんだっていうんだ。絶対に助けてみせる……!」
背後でグラシエラが苦痛に叫ぶ声と、氷が溶けて蒸発する音が聞こえる。振り向くことさえできない自分がもどかしい。
「───凍りつけッ……!」
グラシエラの身体から極寒の冷気が放たれ、僕達の身体ごと、紫炎を凍り付かせる。
「二人とも、これでどうだい!?動けるかな!?」
(答えてあげたいのに……口が動かない……)
(ですが、紫炎の浸食は止まりました。排熱の問題も、グラシエラの氷によって数時間の猶予が生まれました)
(よかった……グラシエラに感謝だね)
(どうにかして、紫炎を吸収しきりましょう。そうすれば、浸食された世界も元に戻ると思われます)
「ダメ……なのかい。どうしたらいいんだ……。
うっ......気持ち悪い……魔力が逆流する……!」
後ろでグラシエラの苦悶の声が響き、何かを吐き出すようなえずきが聞こえた。
(グラシエラ......ごめん......)
いたたまれない思いでそれを聞いた後、僕はチルカに提案した。
(早く何とかしなくちゃ。また魔力を吸収してみる?)
(ねい。紫炎には、未だ100000ニクソス程度の魔力が残存していると推測されます。現在の魔力の消費速度から計算すると、紫炎を吸収するだけの余裕が生まれるのは、約32時間後です)
(そんな……それじゃ、待ってる間にオーバーヒートしちゃうよ……。
うーん、どうしようか)
(マスターは、危機的な状況においても冷静ですね。素敵です)
(ヒーラーは最後まで絶望しちゃいけないんだ。したら、パーティーが壊滅しちゃうから)
(ねい。マスターが絶望しないのは、ヒーラーだからではありません。……あなたが、ヒーローの心を持っているからです)
(えへへ……)
と、背後でグラシエラが祈るように呟くのが聞こえた。
「ムーンスター......きっとあなたには、ボクのことが見えているんだろう?お願いだ……ボクに、大切な友達を守る力を分けてください……」
(───僕達も祈ろう)
(ねい。それは非論理的な提案です。精神的効果を除いて、祈りが現実を好転させる事はありません)
(ここは現実じゃなくて夢の中なんだよ、チルカ。グラシエラの言う通り、ムーンスターは本当に僕たちのことを見ているのかもしれない)
(承知いたしました。
それでは、恐らく世界初であろう、オートマタの祈りをお聞かせいたします。
……オタスケオタスケヘルプミー)
(いや……なんかこう、もうちょっと文章で思いを伝えた方がいいと思う)
(そうなのですか。
───我が身はマスターの為に、我が心もマスターの為に。我が忠義と献身に感ずるものがあるのならば、ムーンスターよ、よこしまなる炎を祓う力を与えたまえ)
(うん、いい感じ。
───ムーンスター、僕たちとあなたの願いは同じです。精霊と人間が、手を取り合って暮らす世界を取り戻すために……そして、初めての精霊の友達との約束を守るために!あなたの力を、貸してください......!)
僕たちは、心を一つにしてただ祈った。
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