第39話 素敵メモリー176:不破の護竜、オネイロックス(竜形態)
「こ、これが不破の護竜……おばあちゃんの、本当の姿......!?」
「当機が観測した中で、最大の生命体です。見た目も非常に格好いいですね。素敵メモリー176に登録決定です」
「なんだ、こんなもんか……」
「ふ、二人とも余裕があるね……?」
竜はゆっくりと首を持ち上げると、顔をこちらに向け、全身がびりびりと震えるほどの音圧で喋った。
『誇るがよい、ぼん。この姿を見た人間は、お主が初めてじゃ』
僕はオネイロックスをねめ上げると、両手の中指を立てて見せる。
「御託はいいからさっさとかかって来い、桃色デブトカゲ。
先輩との記憶を利用したことを泣いて謝らせてやる」
「……………なっ...........」
「ちょ、ちょっとハルト!?まずいよ、怒らせるようなことを言っては……!」
「人格の急激な変容を確認。なるほど、これが劇場版、というものなのですね。劇場版マスター、野性的で素敵です」
「激情版!?そうか、人間にはそんな一面もあるんだね……」
絶句していたオネイロックスは、やがて心底愉快そうに豪快な笑い声を上げた
「ギュラララララララッ!!あっぱれ、あっぱれじゃ!よくぞこの姿のわちきに、そこまでの啖呵を切ってみせた!思い上がりもここまでくれば賞賛に値するわい!」
「思い上がってるのはどっちか……すぐに分かりますよ」
「……ふむ。ぼん、主はほんにわちきを恐れておらぬようじゃな」
「ええ。ただひたすらにむかついてます」
「ボクだって、少しも怖くないさ!おばあちゃんの攻撃がどんなに強くても、ハルトの魔法が守ってくれるからね!」
「あいあい。マスターの魔法は世界一、ねい、宇宙一です」
「フン……揃いも揃ってわちきを舐め腐りおって……。ちっとばかし揉んでやるだけのつもりじゃったが気が変わった。わちきの全身全霊をかけて、主らの存在をこの夢の世界から、塵も残さず消し去ってくれる!」
咆哮を上げて飛び上がったオネイロックスは、黎明の空を悠然と飛び回る。
「チルカ……切り札行くよ!」「あい!」
桜色の魔力波をまとい、闇を裂いて、オネイロックスが僕たちへ向かって急降下してくる。ポーチから風のイヤリングを取り出し、左耳に付けるとそのまま腕を払って叫んだ。
「変身ッ!」
僕とチルカの身体を柔らかな風が包み、二つの魂が、一つの身体に宿る。
「チルカ・アルティメットフォーム!」
(やっぱりチルトの方がいいと思うんだけどなあ……)
「わあ……昨日、二人で特訓していたものだね!……けれど、まずは攻撃を防がなければ!ハルト、遡行魔法を!」
「それよりもいいやつがあるよ!」
(マスター、何をなさるおつもりですか?)
(ぬふふ……まあ見ててよ)
地鳴りのように大気を震わせて迫ってくる、空を覆いつくす隕石のようなオネイロックスを指さすと、僕はあの甘く苦い夢の続きを思い浮かべた。
「止まれ」
音がやみ、大気の震えが止まる。オネイロックスは空に浮かんだまま、石のように動かなくなった。
(落下運動の完全な停止を確認。マスター、この魔法は何でしょうか。それに、虹彩回路に浮かんだエイア様と、子供達の姿は……)
(あれはオネイロックスが僕に見せた夢の中の先輩だよ。永遠に続く……僕にとっての、偽物の幸せの象徴)
(困難を乗り越え、新たな力に目覚められたのですね。おめでとうございます)
「まさか……時を止めたのかい、ハルト?」
「うん。この隙に氷の針山作ってさ、あいつをそこに着地させてやろうよ」
「ふっ……あははははっ!それ、すごく面白そうだね!いいよ、一緒にやろう!」
僕とグラシエラはたっぷりと時間をかけ、とびきり尖った氷刃の群れを一面に生やす。
「よし、オッケー!あとは遠くに逃げよう!」
「ふふふっ、おばあちゃん、きっと驚くだろうね……!」
オネイロックスが小さく見えるまで離れてから、彼女にかけていた魔法を解除する。
「……むっ!?な、なんじゃ!?」
突然着地点に現れた氷刃に気付いたオネイロックスは、頭を上に向け、翼をはためかせて再浮上しようとするが、間に合わず地面に激突する。
凄まじい魔力の爆発と共に、氷刃が溶けて蒸発する音が響いた。
「いちちちち……!チクチクするのじゃ!」
オネイロックスの腹には、溶けて細くなった氷刃が針のように突き刺さっていた。
「あははは、チクチクするって!」
「うん、やったねグラシエラ!」
(……時を止めるという絶大な力を、このような悪戯に使ってよいのでしょうか)
オネイロックスは濡れた犬のように体を振るって刺さった氷刃を飛ばすと、のそのそとこちらを向いた。
「加速した……訳ではないな。てれぽーてーしょんか?であればわちきも……!」
(マスター、来ます!)
オネイロックスの身体が光子となって消え、目の前に現れる。
「止まれっ!」
片方の前足を持ち上げ、恐ろしい爪を振り上げた体勢のまま彼女の時が止まる。
「ひひひ……爪の指の間の肉を狙おう。チルカ、オーロラブレードを!……チルカ?」
(……ご自由にどうぞ)
「ええ……出してくれないの?やり方よくわかんないんだけど……」
(マスターのご判断に異議を差し挟むつもりはございませんが……オーロラブレードの初めての実戦使用がこのような用途であるというのは、いささか不満です)
「まあ、チルカは気に入らないやり方かもだけど......でも、まともに戦ったって勝てるわけないしさ……えいや!あ、でた」
魔力の刃をえぐるようにして爪の隙間にねじ込んでいく。
「うっ、い、痛そうだなあ……」
「大丈夫大丈夫、こいつってすごい硬いんでしょ?これくらいなんともないって。さあ、グラシエラもやっちゃって!」
「うう……。……ご、ごめん、おばあちゃん!」
グラシエラは手の中に鋭いつららを作り上げると、それを爪の隙間に突き立てた。僕たちは再びたっぷりと時間をかけ、五本の指全てに何度もブレードをねじ込み、氷柱を刺す。そして安全な距離を取ってから、オネイロックスにかけた魔法を解いた。彼女の爪が空を切るのと同時に、苦痛の咆哮が響く。
「ギュラアアアアアアアッ!?痛っ、いたた……な、なんじゃ!?急に全部の指が痛み出したぞい……いたたたたたっ!」
オネイロックスは前足を振り、転げ回って痛みに悶えている。
「よし、今までで一番効いてる……!」
「うう……ボクまで痛い……」
(理解不能……マスターの操作では、当機のスペックを三割も発揮できていなかったはずです)
「そういえばそうだね。チルカが何回逆鱗にマジックカッターを刺しても、全然効いてなかったのに……」
(あい。出力が上昇しているとはいえ、一撃の威力では私の攻撃が勝っていたはずです)
「うーん……。
……そうか!きっと時間を止めてる間に繰り返した攻撃の衝撃が、魔法を解除した瞬間、一気に解放されたんだ!」
(なるほど、それは合理的な推論です。複数の攻撃が集束することによって、オネイロックスの守りを貫く程の威力まで高まったのだとすれば、今起きていることに説明が付きます)
「それじゃあ……もっと時を止めて、より多くの攻撃をぶつけたら……もしかしてボク達、本当におばあちゃんを倒せてしまうんじゃないかい!?」
「うん!希望が見えてきたね……!」
攻略の糸口を見つけ出し、僕達の士気が上がる。
……しかし、戦いの中で攻略されていたのは、こちらも同じだった。
怒りに満ちた唸り声を上げながら、オネイロックスがこちらを向く。
「そうか、そういう事じゃったか……ぼん、主の力の正体、ようやっとわかったのじゃ。主......時を操るすべを持っておるな……?」
ついに魔法の正体を見破られた僕は、思わず息を呑んだ。




