第38話 小さな誇り、大きな勇気
「マスターっ!起きてください、マスター!」
ゆっくりと目を開くと、瞳を濃紺に沈ませたチルカの顔が見えた。僕の目覚めに気が付くと、それはまるで夜が明けるように、朝焼け色へと変わっていく。
「マスターっ......!ぎゅっ」
「ふぎゅ!ほね、骨が折れる……」
「あっ……も、申し訳ございません」
「いちち……おかげでばっちり目が覚めました……」
「ほう……破幻の耳飾りの力を借りたとはいえ、最も甘き夢から醒めるか。ぼん、お主なかなかに見どころのあるやつじゃの」
「あ、クソドラゴン」「なにゃーっ!?」
「チルカ、あんな奴無視してグラシエラ起こそう」
「あい、マスター。彼女はあちらで眠っています」
「待てぇーーい!今お主何と言った!?わちきをクソドラゴンと呼ばなかったか!?」
「すいません、今忙しいんで。ほらグラシエラ、起きて」
「むにゃむにゃ……もう食べられないよ……」
「食べ物の夢を見てる……リィみたい。チルカ、精霊って何を食べるの?」
「精霊ごとに好みは異なりますが、果物や木の実、花の蜜など、植物を好む傾向にあるようです」
「了解。……あっ!グラシエラ、完熟スカイアップルのなる木が生えてるよ!」
「かん……じゅく……?」
「グラシエラ、こちらには冷え冷えバイパインの詰まった宝箱がございます」
「ひえひえ………じゅるり……」
「効いてる……!もう一息だ……!」
無視され続けたオネイロックスは、すぐそばまで近寄ってくると、僕の耳元で叫んだ。
「わちきを無視するでないわ!クソドラゴンってなんじゃ!舐めとるのかこら!」
「うっさ……あの、今いいとこなんで」
あることを思いついた僕は、チルカに目配せをして二人でグラシエラの体を起こす。すると彼女の頭は、ちょうどオネイロックスの頬の近くになった。
「……グラシエラ、ここにしわくちゃの花が咲いてるよ!枯れかけだけど、まだ蜜が残ってるかも」
「枯れかけが……一番おいしいのさ……ちゅー……」
「にょわぞぞーっ!わちきのほっぺを吸うでない!
ちゅーか誰がしわくちゃの枯れかけじゃいこら!!」
「うわあっ、花が喋った……!?」
「おはようございます、グラシエラ」
「え……チルカ……?あれ、完熟スカイアップルのなる木は?冷え冷えバイパインの詰まった宝箱は?」
「ごめん……それ、嘘なんだ」
「そ、そうかい……ああ、甘い夢だった……」
「グラシエラ、口元に氷が垂れています。拭いてあげましょうか」
「えっ!?い、いいよ、自分でやる。……あはは、恥ずかしいところを見られてしまったね……」
「さ、これで全員目が覚めましたよ。早く最後の試練に進んでくれますかね?」
「な……なんじゃいお主、急に冷たくなりおって……ドラゴンじゃぞ、わちき。偉いんじゃぞ?」
「人にあんな夢見せておいてなに言ってるんですか?」
「わちきは定められた通りにやっとるだけじゃ。多少夢見が悪かったからと言うて、逆恨みするでないわ」
「謝るつもりはない、ってことでいいですか?」
僕がオネイロックスを睨み付けると、彼女はそれを笑い飛ばした。
「ほ!謝る?このわちきが、人間ごときに?
……おい、わちきがふらんくでふれんどりーな竜だからっちゅーて、あまり図に乗るでないぞ、虫けら」
圧倒的な威圧感を発しながら、夢の守護竜は言う。……彼女には傲慢が許されるだけの力があることが、たったそれだけでも痛いほどわかった。
───それでも一歩も引かずに、僕はオネイロックスをにらみ続ける。
「ああ、そうっすか。よく分かりました」
僕の小さな誇りにかけて......先輩との思い出を踏みにじった奴には、絶対に屈したくない。
オネイロックスは宙へと浮かび上がると、威厳ある声で宣言し始めた。
「ムーンスターの眠りを覚まさんと我に挑む、勇敢なる者たちよ。よくぞ我が桃源の幻夢を撃ち破ってみせた。主らが見事第二の試練を乗り越えたことを、ここに認めよう。……そしてこれより、主らに最後にして最大の試練を与える……!」
オネイロックスの周囲の大気が震え始め、彼女の身体から圧倒的な威圧感が放たれる。彼女は両腕を胴体の前で交差させ、身体を丸めて力を溜めだした。夢を形作る暗闇が彼女を中心として歪み、圧縮されていく。
「うっ……!物凄い魔力がおばあちゃんに集まっている......!」
「絶対勝つ......!」
「これが最終決戦です。全てを出し切りましょう」
オネイロックスは身体を伸ばし、胸を張ると、耳をつんざくような咆哮を上げた。
「ギュラアアアアアアアアアアアッ!!」
「くっ……!」
彼女から発せられた薄桃色の閃光が夢の世界を満たす。
───その光が収まった時、僕たちの目の前には、城塞と見まがうほどの堂々とした巨躯を誇る、夢の覇竜が鎮座していた。




