第36話 幸せな夢
ご飯を食べ終わると、のぞみはテレビに飛んで行って、アニメが始まるのを待っている。少し遅れて食べ終わった未来は、行儀よくソファに座ってタブレットでポケモンの動画を見始めた。僕は食器を洗いながら、横目で二人を眺めていた。
「わ。……ちょ、ちょっと永愛、危ないって……ん、あっ……」
彼女は後ろから僕に抱きつくと、身体のあちこちをまさぐってくる。
「こういうのはプライベートな空間でやってもらえますかね……」
「どうせ二人は見てないさ」
「そーいう問題じゃないって……」
けらけら笑いながら、永愛が僕から離れる。
「結構えぐいセクハラしてくるじゃん……」
「嬉しかったでしょ?」
「そりゃ……そうだけど」
「フフフ……我が家の家長は色仕掛けに弱いようだ」
「……自分だって、ベッドの上じゃドMのくせに……」
「全てを曝け出せるような、信頼のおけるパートナーに出会ったからね。全く、私は幸せ者だ」
「いい話みたいにまとめないでよ……」
水道の蛇口を止める。……また、波の音がした。
「……?」
「どうしたの、晴人?」
「ここの近くに、海ってあったっけ?……ていうか、ここってどこ───」
「晴人。のぞみと一緒にチルカ見ないか?」
「え、子供向けでしょ?」
「それが案外そうでもない。見ていると中々面白いぞ」
「いいけど……ソシャゲのスタミナ消費させて」
「あ、ついでに私のも頼む」「あいあい。後でスマホかしてね」
ソファに座り、ぼんやりとテレビを眺める。『機工少女チルカ』は、小学校低学年あたりの子に人気のテレビ番組だ。超古代文明のオートマタであるチルカが、正義の心を持つ少年アイナと共に宇宙から来た無機生命体ガイアール達と戦うというストーリーだ。
『弱点解析完了!視覚化したデータを送るよ!』
『ありがとう、アイナ。チルカ……キィィィック!!』
『ぐわあああああッ!!』
『ガイアール反応消失!やったねチルカ!』
『きゅぴーん。正義は勝つ』
「……結構面白いなー」
「だろう?子供向けとは思えない人間ドラマが楽しめる」
「パパー!」「ん?な」「チルカキィィィック!!」「ふぎゃっ!!」
「きゅぴーん!正義はかーーつ!!」
「なんでぇ……?」
「のぞみ。それでは『機工』少女ではなく、『奇行』少女だぞ」
「同じじゃん!」
「いや、二回目の『きこう』は、奇抜な行いをするという意味だ」
「きばつってなに?」
「おかしいということだ」
「おかしいってなに?」
「のぞみ……わざとママを困らせようとしているだろ。このガイアールめ、こらしめてくれる!」
「きゃははははは!!」
昼ご飯を食べてリビングで二人でごろごろしていると、ぺたぺたと足音を立ててのぞみが部屋から降りてきた。
「スイッチ2かして!」「あいあい」
「む。読み進めたいノベルゲームがあったのだが……」
「後でいいじゃん!美咲ちゃんち行ってくる!」
「靴下履いた?」
「いまはくー!……はいたー!」
「遠藤さんちではスリッパも履くんだよ、お行儀悪いって思われちゃうからね」
「りょ!」
「ああ、私のスイッチ2が行ってしまった。まあいいか、晴人でもにおって暇をつぶそう......」
「なんでさ。じゃ僕も永愛をにおっちゃうもんね」
永愛のうなじに鼻をうずめると、懐かしいにおいが鼻を満たした。
「あ……」
「…………?どうした、晴人。
───な、泣いているのか?」
「うん……なんでだろ、永愛のにおいをかいだら急に......」
「……な、なに?身綺麗にはしているつもりなんだが……」
「違うんだ。なんか……懐かしくて。まるで、長いことかいでなかったみたいな……」
「………………。気のせいじゃないのか。君が私のにおいをかがない日なんてないだろう」
「……また、波の音だ……だんだん近づいてくる」
「晴人……?」
玄関のチャイムが鳴り、勢い良く扉の開く音がする。
「こんちわーっ!未来くんいますかー!」
ソファから立ち上がり、永愛が階段に向かって叫ぶ。
「未来!お友達が来たぞ!」
ぱたぱたとスリッパの音を立てて、未来が階段を下りてきた。
「未来、タケシんちにポケカにいこーぜ!」
「いく……」
未来は小さく頷くと、カードを取りに部屋へ戻っていった。
「ハッ!ポケカと言えば……」
僕は夫婦の寝室へ向かうと、棚から新作のデッキが入ったケースを取り出し、階段の下で未来を待つ。
「あ、未来、これも持って行って!」
未来は差し出されたケースを見ると、少し嫌そうな顔をした。
「また……テツノイバラ......?」
「うん。今回はハンマーとかエネ破壊系のカードを積んだから、特性もエネルギーもなくなって棒立ちの相手ポケモンを一方的に殴れるよ!」
「……竜一は、友達だから……いじめたくないよ」
「いじめじゃないよ、戦法だよ!……あ、でも仲良しの友達以外にはこのデッキ使わないでね。ケンカになっちゃうから……」
「使わないからいらない…………」
「そんなぁ……」
二人を見送った後リビングへ戻ると、永愛が呆れたように僕を見た。
「また君は未来に害悪デッキを握らせようとしたのか……」
「別にルール違反してるわけじゃないんだし、いいじゃん」
「まあそうだが……それで未来が友達を失ったらどうするつもりなんだ」
「大丈夫だよ、未来の友達はみんな優しいから」
「そういう問題か……?このサディストめ」
「対戦相手が苦しむ顔を見るのは最高だよ。ひひひ……」
永愛は笑う僕をじっと見た後、身体を僕に擦り付けながら、耳元で囁いてきた。
「今から、私の苦しむ顔を見て愉しむのはどうだ……?」
「ほ、ほう、そう繋げてきますか」
「ちゅっ。…ふふ、君の嗜虐的な笑みを見ていたら発情してしまった」
「すけべ......」
「今は二人きりなんだし、いいだろう……?」
「じゃあ……ベッド行く?」
「いや、ここがいい。日常のふとした瞬間にここで君に犯されたことを思い出して興奮したい」
そう言って彼女はソファに横たわり、服を脱いで薄い身体の白い肌と、黒い下着をさらした。
「救いようのない変態......いやまあ僕も同類なんだけど……」
彼女の上にまたがり、身体に手を滑らせて、その微かなおうとつを感じる。
「うーん……美しい。芸術的だね、永愛の身体は……」
何か......違和感がある。彼女の身体には、傷がなかっただろうか?
「そうだろう?宇宙一清らかな女性の肢体として、ギネスに登録しようか悩んでいる」
「ギネスは世界一を決めるところじゃない?そもそも絶対認定されないでしょそれ……」
「淑女の戯言に、真面目に答えるな」
「あ、ごめん」
「ふん。君は私の機嫌を損ねたぞ」
「……どうしたら許してくれる?」
「首を締めながら、私を愛して欲しい」
「ええ……」
「なに引いているんだ殺すぞ」
「そんな気軽にころさないで……わかった、やるから……。
はぁ、痕が残らないように気を付けないと……」
───僕は細心の注意を払いながら、彼女の首に手をかけた。




