第35話 第一の試練
「戻れっ!」
自分の周囲に遡行魔法の力場を展開し、チルカとグラシエラを包む。視界を覆いつくすほどの光槍が僕たちを襲い、力場に触れると空へと戻っていく。
「くっ……すごい光だ……!」
「これがおばあちゃんの本気……!?ぼ、ボクで勝てるだろうか……」
「グラシエラ、自分の力を信じるのです。勝利は最後まで諦めなかった者にのみ訪れます」
「……確かに、その通りだ。戦う前から弱気になっていてはいけないな。チルカは、いい意味でオートマタらしくないんだね」
「無根拠な楽観は往々にして最良の結果をもたらします。これは、マスターを観測して得た経験則です」
「……なんか、遠回しに能天気なやつって言われた気がするんだけど……!?」
と、僕の目の前に光と共にオネイロックスが現れ、怪訝な顔で辺りを見回した。
「なんじゃ、この魔術は……?面妖な……」
「っ……!?」
首元を無造作に掴み上げられ、息ができなくなる。鋭い爪が皮膚に食い込み、激痛が走った。一瞬魔法の力場を保てなくなりそうになるが、気合で耐える。
「喉を潰しても消えんか。ふむ……」
チルカが振り下ろしたマジックカッターを、オネイロックスは空いた方の手で受け止めた。
「マスターを離せッ!!」
瞳を深紅に輝かせたチルカが渾身の力で刃を押し込むと、青白い魔力の閃光が散る。それを涼しい顔で受け止めながら、オネイロックスは呟く。
「詠唱もなしにわちきの攻撃を防ぐとは……ぼん、お主は一体......」
「少し乱暴すぎるんじゃないかな、おばあちゃん!」
「おっと」
オネイロックスが消え去り、僕は解放される。次の瞬間、僕の目の前にグラシエラの氷柱が突き刺さった。
「大丈夫かい、ハルト!?」
「ご無事ですか、マスター!?」
「ガハッ、ゴホッゴホッ……う、うん、ありがとう二人とも......」
光の雨が止む。宙に浮かんだオネイロックスは、冷たい瞳で僕たちを見下ろしている。
「……まあ、なんでもよいわ。ぼんさえ潰せば、後の二匹はただの雑魚......そういうことじゃろ?」
「進めっ!」
───狙われる。
そう気づいた瞬間、僕は反射的に魔法を発動していた。
僕の時間は前へと走り出し、他の全てを置き去りにする。
空中のオネイロックスが消え、僕の目の前に現れる。僕に向かってゆっくりと伸びてきた手をかわし、止まっているように見えるチルカとグラシエラにも加速魔法をかける。僕の動きを視線で追いながら、オネイロックスは驚いたように目を見開いた。
「二人とも、顎の下を狙って!鱗が逆に生えてる所が弱点のはず!」
「あい、マスター!」
「これが加速魔法か……!あはは、すごいね!」
喉元を狙って地面から生えてきた氷柱を、オネイロックスは顔をのけ反らせ、最小限の動きでかわす。……彼女の顎の下を覆うようにびっしりと生えた鱗の中央に、一部分だけ白い肌があらわになっていた。
「……そこッ!」
氷柱をへし折りながら、掬い上げるような軌道でチルカのマジックカッターがそこへ吸い込まれていく。刃が深く突き刺さると、オネイロックスの顔がゆっくりとゆがんでいく。
「よし、効いてる……!」
と、オネイロックスの手が素早く動き、チルカの腕を掴んだ。
「っ……!?な、なんで?加速魔法はかかってるはずなのに……!?」
「おお、かゆい。弱っちい魔力じゃのう……」
「くっ……!離せ!」
オネイロックスは氷のような目線をチルカに向けると、低く威厳に満ちた声で言った。
「逆鱗に触れたな……?生兵法は大怪我の基じゃぞ、がらくた......」
オネイロックスから全身がおぞけ立つほどの殺気が放たれるとともに、チルカの腕を握っていた彼女の手の中で星の光が爆発した。
「きゃああっ!」
チルカが吹き飛ばされ、彼女の右腕が粉々になって宙に舞う。
「チルカッ!?
───ど、どうして!?加速魔法をかけてるはずなのに......!」
「ハルト!きっとおばあちゃんは、すごく速く動いてるんだ!」
「そ、そんなのあり!?」
「おばあちゃんなら、それくらいはやってのけるさ!こっちはもっと速く動かないと!」
「す、進め進め進めっ……!」
自分に加速を重ね掛けした僕は真っすぐにチルカのもとへと向かい、欠けた右腕をヒールするとともに、彼女へも加速の重ね掛けをした。じっとこちらの様子を見ているオネイロックスは、心なしか呆れたような顔に見える。
僕はグラシエラのもとへ戻って加速をかけると、三人で一斉にオネイロックスへ襲い掛かった。
「フォーカルフレアッ!」
「マジックカッター!」
「唸れ、氷嵐ッ!!」
急いで距離を取り、彼女の反応をうかがう。
「だ、駄目だ……全然効いてない……」
「おばあちゃんの硬さは、精霊界でも一番だからね……」
「……っ、こっちに向かって腕を構えたよ!みんな集まって!」
遡行魔法の力場を展開し、オネイロックスが放った極太の魔力波を耐える。
……そうやってしばらく防御と攻撃を続ける。加速魔法のおかげで手数は圧倒的にこちらが上だったが、オネイロックスには傷一つ付かない。ただ疲労感だけが増していった。
「……くっ......本当に硬いな、おばあちゃんは……」
「こっちの攻撃はいくら当てても意味ないのに、向こうの攻撃を一発でもまともに受けたらおしまい......こんなの辛すぎだよ……」
「マスター、アルティメットフォームへの移行を提案します。現状、私達はオネイロックスに対する有効な攻撃手段を持ちません」
「それしかないか……」
僕はポーチを探り、風のイヤリングを握りかけた。
「え……?」
と、オネイロックスがあぐらをかいて座り、こちらに向けて大きくバツ印を作る。彼女はゆっくりと首を振っていた。
「どうしたんだろ……?」
「『やめじゃ、やめ!』と、口が動いています」
「ええ......?」
戸惑いながらも魔法を解除すると、うんざりしたような口調で言う。
「ぼん、なんなんじゃ主は。攻撃はなんも効かんわ、急に早く動くわ、自動人形を治癒するわ、もう滅茶苦茶ではないか。お互いに決定打を持たぬのであれば、これ以上の戦いは無益じゃ。わちきも、千日手に付き合ってやるほど暇ではない」
「あっ!それは敗北宣言ですか!?負けを認めるってことでいいですね!?」
「腹の立つ聞き方じゃのう……。引き分け、と言いたいところじゃが……ま、年長者の余裕を見してやるかの。まずは負けでよいわ」
「やったーーーっ!!チルカ、グラシエラ、僕たちの勝ちだよ!」
「あい。アルティメットフォームを使うまでもありませんでしたね」
「生人間界が待ちきれないよ……!」
「待てい!誰が魔石を渡すと言った!主らが突破したのは、ぷりちーな人の姿をとったわちきを下す、第一の試練に過ぎん!まだまだ試練は続くのじゃ!」
「ええ!?そんなのずるいですよ!ゴールポストずらさないで!」
「あい。誇り高き夢の覇竜を名乗る割に、やり方が姑息です」
「ええい、うるさいのう!わちきだって面倒なのはごめんじゃが、あの高慢ちきの女王にそうせいと言われたんじゃ!
試練はあと二つ!第二の試練ではわちきの作り上げた夢を打ち破ってみせい!第三の試練ではくーるなドラゴン姿のわちきに力を示せ!どうじゃこれでよいか!?ぜーっぜーっ......」
「お、おばあちゃんも大変なんだね……」
「こほん。次の試練へゆく前に……一つだけ聞かせよ。
ぼん、お主......その力を得るために一体いくつの禁忌を犯し、どれだけの屍を積み上げた......?」
「……僕が犠牲にしたのは、一人の命です」
「たった一人じゃと?戯言を抜かすな」
「たった、じゃないですよ……僕にとっては、世界で一番大切な人だったんです……」
「そう言えばお主……亡くなった恋人に会いに来たと言っておったの。
……グラシエラの依り代か。ふむ、嘘をついとる様子はないようじゃが……」
「ハルトは、無理やり彼女の命を奪ったわけじゃないんだよ。彼女は自分の命が近いうちに尽きると分かっていて......最後の命の火を燃やして、ハルトの魔法を覚醒させたんだ」
オネイロックスは顎の下に生えた鱗を爪でかきながら、じっと何かを考えこんだ。やがて、小さく頷くと言う。
「……そうか、よう分かった。では、これより第二の試練を始める」
オネイロックスが目を閉じ、地面に向けて両手をかざす。
「月と星を統べる夜の慈母よ。古き誓約に則し、汝の甘き夢の力を我に......」
彼女の足元に魔法陣が浮かび、濃紺色をした、夜空のような魔力がオネイロックスの体内へと取り込まれる。
「ふうーっ......」
浮かび上がった彼女が吹いた息に乗って、きらめく銀河のような魔法が僕たちを包んだ。
「うっ......」
意識が沈み、甘い眠りへと引き寄せられていく。崩れ落ちていく仲間たちの姿を視界の端に捉えながら、僕は自分がこれからどんな夢を見るのかわかってしまった。
(晴人……)
優しく僕を呼ぶ、先輩の声が聞こえたから。




