第34話 夢の守護竜、オネイロックス
夢の闇の中に僕はいる。
「マスター」「あ、チルカ」
並んで歩いていく。前来たときは真っ暗だったはずの空がほの青い。
冷たい暗闇だけの世界に、空と大地ができていた。
「私たちを囲むこの闇......不思議と、ソウルユニットが安らぎます」
「うん……前に来た時と、全然雰囲気が違う。
多分……ムーンスターが目覚め始めてるんだ」
「こんばんは、ハルト。また会えて嬉しいよ」
しばらく進んでいくと、闇の中からゆらりとグラシエラが姿を現した。
「グラシエラ。祈りの魔石、三つ集めてきたよ」
「うん……ボクにも感じるよ。暖かい魔力が、この夢を通じてムーンスターへ流れ込んでいる……」
「グラシエラ。お初にお目にかかります、帝国製高性能オートマタのチルカと申します」
「はは、キミのことはよく知っているよ。初めまして、チルカ。僕はグラシエラ、氷の精霊さ」
「グラシエラは、エイア様の記憶を保持しているそうですね。もしよろしければ、彼女が私をどのように評価していたかお聞きしたいです」
「……無敵の前衛、魔術師の自分にとって、絶対に敵に回したくない相手。……でも、仲間としては感情豊かでユーモラスな面を見せることもあって、オートマタとは思えないほど親しみやすい……と、思っていたよ」
「そう、ですか。ふふ」
「グラシエラ、僕たち今から、オネイロックスと戦いに行こうと思ってるんだ。力を貸してくれない?」
「もちろんさ。元々、ボクが言い出したことだしね。むしろ今まで手伝うことができなくて、申し訳なく思っているくらいだよ」
「ありがとう。心強いっす」
「ああ、楽しみだなあ……おばあちゃんに認めてもらったら、ついに生の人間界を体感することができるんだね……」
「な、なま……?」
「ああ。今までは、遠くから見ているだけだったからね」
「……そう簡単に認めてはやらんぞい、グラシエラ」
「……っ!」
声のする方を見ると、少女の姿をとったオネイロックスが、薄桃色の髪を微かに揺らしながら宙に浮いていた。
「オネイロックス……」
「ぼん、主も見かけよりしつこいやっちゃのー。まさかほんに三つの神殿を制覇してみせるとは、びっくらこいたぞい」
「グラシエラと約束したんですよ。精霊と人間の繋がりを取り戻して、いつでも会えるようにするって」
「……ほんにそれだけかえ?わちきにはそうとは思えんのう。どうせお主も、精霊の持つ魔法や財宝目当てなんじゃろ。あるいは……魔力に満ちた、精霊の身体が目的かえ?」
「ねい。マスターは、その様なよこしまな願望は持ち合わせておりません」
「……野心を持たぬ人間などおらぬよ。神殿の仕掛けを乗り越えるほどの知恵と力を持つ者なら、なおさらの。そして人はやがて自らの野心に呑まれ、罪なき命を巻き添えにしながら破滅へと向かってゆく……そういうものじゃ」
「おばあちゃん……いつまで昔の話をしているんだい?ハルトはエンドブリンガーを作った人間とは違う。真っすぐで心優しい、とてもいい人だよ。……ちょっとエッチだけどね」
「グラシエラ、一言余計......」
「でも、エッチだろう?」
「......…………」
「終末戦争だけの話をしとるわけではないわ。わちきは悠久の時の中で、幾度も人が愚かな過ちを犯すのを見てきたのじゃ。人は過去から学ばぬ。歴史を繰り返す、救いようのない生き物じゃて」
不機嫌そうにそう言ったオネイロックスは、ふと気づいたようにチルカへ注意を向けた。
「ん?ちゅーかお主何者じゃ?随分と珍しい見た目をしておるのう……ちこう寄れ、いや、ちこう寄るぞいっ!」
「消えた……!?」
星のきらめきのような光に包まれて消えたオネイロックスは、一瞬ののちにチルカの目の前へと現れた。
「ふうむ……べっぴんさんじゃのう」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。私はマスターの伴侶にしてハイスペックなオートマタ、チルカと申します」
「……なんと!お主、自動人形か!?たまげたのう、どうやって夢の世界へ入ってきた?」
「追加したモジュールの機能により、人工的な睡眠をとりました」
「ほー、最近の自動人形ははいてくじゃのう……」
そう言って興味深そうにチルカを眺めたオネイロックスは、彼女の腕をつついてその硬さに目を丸くしていた。
「オネイロックスさん……あなたの持つ祈りの魔石を、譲ってもらう事はできませんか」
僕の言葉を聞いたオネイロックスの雰囲気が一変し、刃物のような視線をこちらへ向ける。
「たわけたことを言うでないわ。わちきは異界の女王よりこの微睡の守護を命ぜられし、誇り高き夢の覇竜であるぞ。ムーンスターに目覚めをもたらしたいと言うのであれば、その力を示してみせい!」
「どうしても……戦わなくちゃならないんですね」
「当たり前じゃ!」
「おばあちゃんは頑固者だから……こうなったらもう、戦って納得させるしかないよ」
そう言って、グラシエラは冷たい魔力をまとい始める。
「マジックカッター展開。戦闘モードに移行します」
オネイロックスが再び星屑の光に包まれて消え、空中に現れると僕たちを見下ろしながら言う。
「人の過ちから生まれ出でた精霊に、夢を見る自動人形......そして異界より来たりし人間か。にょほほ、かように妙ちきりんな一団に勝負を挑まれたのは初めてじゃ。……不破の守護竜と呼ばれ、かつて帝国の一個師団をも退けたわちきが、随分舐められたものよ……」
オネイロックスの背後に巨大な光の魔法陣が現れ、ゆっくりと回りだす。すると夜明け前の空に、無数の星屑が浮かび上がった。
「……っ!みんな、僕の近くに!」
「弁えよ、弱き者共。たった三匹でわちきに伍そうとしたその傲慢......夢から醒めて後悔するがよいわ!」
オネイロックスが腕を振り下ろすと、星屑たちは光の槍と化し、僕たちへ向かって落ちてきた。




