第32話 進み出す時間、愛の夢のために
「マジックカッター、展開」
人気のない森の中で、秘密の特訓を行う。チルカが右腕を払うと、手の甲から純白の魔力の刃が現れた。それはいつもの倍近く、腕と同じくらいの長さまで伸びていく。放出されている魔力量も明らかに増え、魔力の刃の輪郭はほとばしる魔力でとげとげしく揺らめいていた。
(すご……)
「これが60000ニュクスの威力です」
(なんか色も変わってない?いつものはちょっと青っぽいよね)
「いいところにお気づきになられましたね。睡眠モジュールと併せて実装して頂いた、マジックカッターの色彩変更機能を活用しています」
(……あ、魔力量が上がったから色が変わったんじゃないんだ)
「あい。……はあああっ!」
チルカが目にも止まらぬ速さでマジックカッターを振るうと、ネオンカラーの光波がいくつも飛んでいく。すると向こうの木々が次々と倒れ、轟音と共に雪が舞い上がった。
「素晴らしい威力です。これはもはやマジックカッターを超えたマジックカッター……オーロラブレードと名付けましょう」
(オーロラ……見たかったなー)
「今回の旅では、夜間の晴天に恵まれませんでしたね。当機としましても、慙愧の念に堪えません。素敵メモリーの候補だったのですが」
(うん……でもまあ、仕方ないよね)
「あい。さてマスター、魔法を使用してみてください。おそらく、大幅に出力が上昇しているはずです」
(オッケー。氷よ!……ってうわでかっ!?)
小さな氷刃のつもりで放った魔法は、一抱えもあるほどの氷塊となって飛んでいった。
(うーん、感覚のずれを直すまで、ちょっと時間かかるかも)
「あい。私も、上昇した出力を生かした身のこなしを練習させていただきたいです」
(おっけー。自由にやってみよっか)
僕の魔法と、チルカの体術。始めはぎこちなくバラバラだったそれが、徐々に滑らかに、連携の取れた動きへと変わっていく。お互いが何を考え、いつ身体を動かしたいのか……それを掴むまでに、それほど時間はかからなかった。
(ふー……結構いい感じじゃない?)
「あい。やはり私とマスターは、相性がいいようですね」
チルカがそう言うと、体から熱風が噴き出た。体内を熱循環器の液体が巡るのを感じる。排熱機構のファンが音を立てて回っている。足元の雪はみぞれのように溶けていた。そしてどこからかじゅうじゅうと、おいしそうな焼き肉の音が聞こえてくる。
(……?なんか、ホルモン焼きみたいなにおいがする。お腹空いてきたなー……)
「っ。マスター、ヒールを!生体組織にⅡ度の熱傷が生じています!……ええっ!!?も、戻れ!戻れッ!!申し訳……あれ、なにございません、この青い光マスター……?生体組織の耐熱温度を考慮に入れるのを失念しておりました。……マスター、いかがなされましたか?」
(あ……うん。自分にヒールをかけた時、なんか青い光がばーって流れてくのが見えたんだけど。それに、なんか変な感じが……)
「それは、マスターの魔力流に乗って遡行していく、時間そのものでございます。原理は不明ですが、オートマタの虹彩回路はそれを捉えることができるようです」
(……これが、時間?……ごめんチルカ、ちょっと待っててもらってもいい?)
「あい、マスター。ごゆっくりどうぞ」
僕は目を閉じ、自分に遡行魔法をかけて目をつぶった。まぶたの裏に青白い光が浮かび上がり、流星のように駆けていく。
(ああ、そうか……。今まで僕がしていたことは、本当はこういう事だったんだ。なら……)
空を駆けあがる流星が、時を巻き戻すのなら……きっと時を押し進めるのは、暮れていく太陽だ。今、僕にはそれがはっきりとイメージできた。
(……進め)
確かな手ごたえと共に、茜色の光がなだれ落ちるようによぎっていく。……そして、さっき嗅いだ香ばしいにおいが再び漂ってきた。
「あっやばまた焼けた!戻れ!……ふー、セーフ。……マスター、今の光は……それに、その魔法は一体......」
(たぶん、時間を進める魔法。もう自由に使いこなせると思う。えいや!)
僕は目の前に魔法の力場を展開し、その中の時間を加速させる。視界に茜色の光がよぎり、そして消えると、力場の中の大気が夕日の色に染まっていく。
「理解不能……」
やがて闇に包まれた大気に向かって、今度は遡行魔法をかけた。
(戻れ)
闇が晴れ、茜色の光が差し、そして最後に、辺りと同じ晴れた昼の日の光に戻った。
(なるほどね……こういう仕組みだったんだ。完全に理解しました)
「時間を自在に操る力……これがマスターの魔法の、真の姿だったのですね」
(ふふーん。……あ、でも時間を止めるのはできなさそう。やり方のイメージが全然湧かないや)
「それでも......十分すぎるほど強力な力です。オネイロックスとの戦いの、切り札となってくれるでしょう」
(初めて攻撃面で戦闘に貢献できそう......嬉しい……。ところでさ、今更聞くのもあれなんだけど、なんで遡行や加速の魔法は冥華に吸収されちゃわないの?)
「いい質問です、マスター。冥華の魔法全般に対する防御反応は、生物の反射的行動と同じように、刺激を受けてから発生するまでに僅かな時間がかかります。通常の魔法への対策としては、ほぼ無視できるような欠点ですが……」
(あ……もしかして、僕の魔法は……)
「あい。時を操る魔法はその一瞬の間に冥華の状態を置き換え、防御反応を引き起こさせずに効力を発揮することができるのだと推測されます」
(はえー……)
加速した状態での攻撃や、焼けていく内臓をヒールし続けながら別の魔法を使う練習を一通り終えた後、チルカが言う。
「……マスター。最後に、オーバードライブモードでどの程度駆動できるか試してみてもよろしいでしょうか」
(し、慎重にお願い。チルカの為なら死んだっていいけど……焼肉死はかっこ悪すぎるよ……)
「あいあい、マスター。なんでもないことのように愛の告白をして下さり、当機は幸福を感じております。......ソウルユニット充填率、85%。補助動力より魔力供給を受け、オーバードライブモードを発動します」
(くっ……!)
「痛覚遮断。全リミッター解除。自己保存プロトコル無効化」
身体の中から凄まじい魔力の奔流が噴き出し、視界が橙色の魔力流に遮られる。恐ろしい勢いで自分の魔力が枯渇していくのを感じた。
「ソウルユニット強制動作。アーティフィシャル・リパルサー全開放。魔力乱流の特別制御プロトコル開始」
(あ……が……!ひ、ヒール......っ……)
チルカのソウルユニットが完全に開放され、更に勢いを増した魔力が、僕の自我を吹き飛ばそうとするほどの勢いで襲い掛かってくる。必死に耐えながら自分の内臓と、今にも砕けててしまいそうなチルカのソウルユニットにヒールを送った。
「……ハッ!」
音を置き去りにして、僕らの身体が動き出す。無限にも思える加速度が容赦なく体へ襲い掛かり、全身の部品が悲鳴を上げる。
(怖いっ……!けど……きっとチルカは、もっと怖いはず……っ!)
「マスター、加速を!」
(……進めッ!!)
一瞬燃えるような茜色に視界が染まり、風景がぶれ、いくつかの色の塊に変わる。鋼の身体で立ちはだかる木々を粉みじんに打ち砕きながら、真っすぐに、ただ真っすぐに僕たちは進んでいく。
「……ハアアアアアアアアッ!!」
不意にチルカが突きを繰り出したかと思うと、その瞬間魔力の放出が途切れ、爆音と共に身体に信じられないほどの衝撃が伝わってきた。
「うわあああああああっ!?」
チルカはかかとを深く雪に埋め、二本の線を残しながら反動を殺す。ようやく僕たちの身体が止まった時、僕は信じられない気持ちで目の前の景色を見た。
「ち、地形が変わってる……」
チルカの突きは山の斜面に大穴を開け、新しいトンネルを開通させていた。
「10秒が限界ですか。いいデータが取れました。ありがとうございます、マスター」
(チルカ……オーバードライブって、こんなに負担がかかることだったの?
こんなに怖いこと、二度も……?)
「何のことでしょうか。当機は勇敢な為、恐怖など少しも感じていません」
(嘘だ……。魔力切れで死にそうになった時の感覚と少し似てた。世界との境界が溶けていって、自分が無くなっていくような感覚......あんな恐怖に、何も感じないなんてありえないよ)
「……………。一度目は……人を守るという、オートマタの使命を果たすためでした」
(あ……)
僕たちの身体が光り始める。どうやら、融合が解け始めているらしい。
「二度目は……大切な仲間であるエイア様に、安らかな終わりを届けて差し上げるため」
視界が真っ白に染まる。……気付くと僕は雪に尻もちをついていて、真っすぐに立つチルカを見上げていた。彼女は僕を見ると、瞳に柔らかい桜色を浮かばせ、こちらへ手を差し伸べながら言った。
「そして三度目は……あなたと共にありたいという、愛の夢のために。私はこの恐怖を、見事乗り越えてみせましょう」
「チルカ……ありがとう。必ず勝とうね、オネイロックスに……!」
彼女の手を取った僕は、静かにチルカと見つめ合った。
「時にマスター......全裸でいらっしゃいますが、寒くはありませんか」
「めっちゃ寒い。チルカ、ダンカンさんちまで運んでくれる?」
「あい、マスター」
「ヒーター全開でお願い!」
「あいあい」




