第28話 いつまでも一緒に、あなたらしく
「ち、チルカ!チルカ見て!なんかできてる!」
眠りから覚めた僕は、花畑の真ん中に小さな空間の裂け目ができていることに気がついた。中を覗いてみると、どうやらそれは細長い石造りの通路へと続いているようだ。
「......あい、マスター」
「これ、出口かな?あいや、普通に考えたらアウラのいたずらか……」
「ねい。彼女はもう、ここにはおりません。……愛する人のもとへ、旅立ちました」
「え……?それ、どういうこと……」
「マスター、実は……」
チルカから昨日の夜起きたことを聞いた僕は、衝撃の余りしばらく言葉を失ってしまった。
「……そ、そんな……あの石碑に、そんな意味があっただなんて……」
「この神殿が作られた当時は……精霊の人間に対する憎しみも、未だ根深かったものと思われます。そういった意見を持つ者を納得させるには、このような仕掛けを作らざるを得なかったのではないでしょうか」
「アウラは、なんのために千年も待ったんだ……これじゃ、彼女がかわいそ過ぎる……」
「進みましょう、マスター。彼女たちの想いを受け継ぐために。引き裂かれてしまった二つの種族の絆を……もう一度取り戻すために」
「……そうだね。行こう」
次元の裂け目をくぐり、薄暗い通路を進む。横を歩くチルカは、何も言わず、瞳を暗く沈ませて何かを考えているようだった。しばらくすると、進む方から爽やかな風が吹き込み始め、それと同時に、遠くから木々のざわめきが聞こえてきた。
「森の音が聞こえる……」
その音に誘われるように進んでいくと、突然、一気に視界が開けた。
「わあ……!」
僕たちは、芝生の敷き詰められた、小高い丘の上に立っていた。眼下には見渡す限り鬱蒼とした木々が広がっている。目の前には一本の大樹が生えており、その下に祭壇が見えた。
「壮観です……」
何か悩んでいたようだったチルカも、それを忘れて景色に見入っている。風の巻き上げたたんぽぽ色のショートヘアが彼女の頬にかかり、耳元のイヤリングにはめ込まれた青い宝石が控え目に輝いた。僕はその横顔を、美しいと思った。
「楽しい記憶、一個追加?」
ゆっくりとこちらを向いて、彼女は頷く。
「あい、マスター。これで173個目です」
「もうそんなに増えたんだ」
「あい。ですが、当機のメモリーを埋めるには程遠いです」
「そっか。それじゃ、まだまだ一杯冒険しないとね」
「あい、マスター。チルカは、いつまでもあなたのおそばにおります」
「いつまでも……か」
「………………」
僕たちは何も言わず、精霊たちの作り上げた風景を見ていた。多分二人とも、同じことを考えていたのだと思う。
やがてどちらからともなく歩き出し、大樹の影へと向かう。祭壇には若葉色をした宝石のあしらわれたイヤリングと宝石箱が置かれており、その台座には文字が刻まれていた。
「『木陰で君と語らった我が夢と共に、春風への祈りをここに残す。とこしえの眠りに沈む我が友を、いつか朝日が照らさんことを』と、あります」
「またイヤリング......でも、ちょうどいいね。水の神殿のと同じデザインだし。……はいどーぞ」
「ねい。これは、マスターがつけてください」
「ええ、僕?絶対似合わないって……あ、ちょっと、もうっ……」
僕の左耳にそれを付けたチルカは、じっと僕の顔を見て言う。
「人は中身......ですから」
「それダサい人にいうやつ!外見は一番外側の内面です!」
「冗談です。よくお似合いですよ」
「チルカは僕のこと好きだからなー……審美眼がゆがめられてる可能性が高いよ……」
宝石箱を開くと、深緑色の魔石が入っていた。
「帰ろう、チルカ」「あい、マスター」
「……これ、どうしても付けてなきゃダメ?」「あい、マスター」「そっか……」
・・・・・・
「くすくす……おにいちゃま、どうしてイヤリングを付けてるんですの?
女の子じゃないのに、おかしいですの」
「うっ」
「おう、また来おったか。……む、ハルト、なぜ耳飾りなぞ付けておる。
全く、女々しいのう」
「やっぱり外す!チルカがつけてよこれ!」
「マスター、お気持ちを落ち着けてください。レイ、ダンカン様、マスターへの中傷はおやめいただくようにお願い致します」
「だって、全然似合ってないんですの!」
「……レイ。おねえちゃま、怒りますよ」
「ご、ごめんなさいですの……とってもお似合いですの」
「だ、そうでございます」
「言わせてるじゃん!レイがかわいそうだよ!」
「ダンカン様」
「な、なんじゃ?似合わんもんを似合わんといって何が悪い」
「依頼していた追加機能の件についてなのですが……」
「ああ、アレならまだできておらんぞ。フレッシュスライムの扱いが思いのほか難しくてのう……」
「ねい。アレではなく、至急追加して欲しい機能があるのです」
「今からか……?どうせやるなら、まとめての方がよいぞ。その方がお主への負担が小さい」
「明日、マスターは三つの魔石をムーンスターのベッドに取り付け、夢の中で守護竜オネイロックスと対峙します。……私も、おそばで戦いたいのです」
「チルカ……」
「……では必要なのは睡眠モジュールか。わかった、後で工房へ来い。
フン……しかしまさかワシの生きとる間に、三つの魔石を揃える者が現れるとはの……」
「僕からしたら、どうしてこんなことに千年もかかったのか不思議なくらいっすけどね」
「…………恐ろしかったんじゃろう、自分たちの罪と向き合うのが。人間は精霊との対話より、彼らを忘れ去ることを選んだんじゃよ。ほんに、愚かな種族じゃて……」
「でも、おにいちゃまはすごいですの!精霊のお友達も作って、三つの宝石を揃えたんですの!」
「……そうじゃの。ハルト、お前さんを見ておると、人間というのも、まだ捨てたもんじゃないと思えてくるわい」
「えへへ……」
「その軟弱な態度は気に食わんがの。もっとシャキッとせい、シャキッと!」
「う、うす!」
「もっとじゃ!」
「ゾスッ!」
「おやめください、マスター。その掛け声はマスターらしくありません」
「そう?じゃあ今のままでいっか......」「あいあい」
「そうやって甘やかすから駄目なんじゃ……」




