第27話 うつろわざるもの、影と光
焚火の揺らめき。流れる星。心地よいそよ風。そして、マスターの安らかな寝息。私は焚火のそばに座り寝ずの番をしながら、世界に溢れた素敵なものたちを観測していました。
もし、マスターがここにいなかったとしたら……この世界は、灰色に閉ざされて見えるでしょう。焚火も、星も、そよ風もどうでもよくなってしまって、ただマスターの呼吸を探す事しか考えられなくなってしまうでしょう。
「アウラは……とても、つまらなそうでした。こんなに素敵な景色に囲まれているのに」
精霊は身体を構成する魔力を失わない限り、死ぬことはありません。私と同じ、うつろわざる存在です。そんな彼女が……定命の人間と絆を結んだことが、そもそもの間違いだったのでしょうか。
「マスターが死んでしまったら……どうしましょう」
足元の地面が崩れて、底なしの暗闇へ落ちていくような気分になります。ソウルユニットに激しい魔力の乱れが生じ、私は不安のあまり頭を抱えてうずくまりました。
「……怖い……」
ふと、近くに大気の揺らぎを検知し、顔を上げます。
『きゃっ……』
声のした方を向くと、そこにはアウラがいました。私の様子をうかがっていたようです。
『どうしたのですか』
『別に、なんでもないわよ。アンタが変なかっこうしてたから、気になって見に来ただけ』
『心配……してくれたのですか』
『そ、そんなんじゃないわよ!ふざけたこと言ってると、また乗り移っちゃうんだからね、バカっ!』
『先程はごめんなさい。不快な気持ちにさせてしまいましたね』
『…………。
人間は百年もしないで死んじゃうって、本当なの?』
『あい』
『でも、頑張ったら千年くらいは生きられるんでしょ?そうよね?』
『ねい。人間の肉体は……緩やかに滅びを迎えるようにできています。それは世代交代を促進し進化を引き起こすための種としての生存戦略であり、死は人に与えられた宿命です。努力や意志で、それを覆す事はできません』
『う、嘘よ!難しいこと言って騙そうとしたって無駄なんだから!乗り移っちゃうわよ!』
『嘘、であればよかったのですが。私も、マスターと……今眠っているあの方と、永遠の時を共に過ごしたかったです』
『......そんな……本当なの?それじゃ、クラトスは、もう……』
『…………あい』
『クラトス......どうしてっ......?迎えに来てくれるって言ったのに……!だから私は、ひとりぼっちでもこっちに残るって決めたのに……すぐにみんなが帰ってくると思ってたから……あなたと、一緒に暮らしたかったからっ……!』
すすり泣く声が聞こえてきました。透明な彼女の涙は、まるで水晶のような輝きを放ちながら宙に浮き、そして火に照らし出された、色とりどりの花弁の中に吸い込まれていきます。
『アウラ。私とマスターは、ムーンスターを目覚めさせようと考えています。既に火と水の神殿は攻略し、二つの魔石を入手済みです』
『......へえ、思ったよりはやるじゃない。それじゃ、後はここと、オネイロックスのとこだけね』
『オネイロックス......マスターが夢で出会ったというドラゴンですか。最後の魔石は、彼女が?』
『なによ、アンタなんにも知らないのね。精霊が安心して暮らせる場所を作ったムーンスターは、あのドラゴンにその入り口を……自分自身の夢を守らせたのよ。三つの神殿の試練を乗り越えて、オネイロックスに認められた人間の英雄が、いつか自分を目覚めさせてくれることを祈ってね。
あーあ、きっとクラトスがその英雄になってくれるって思ってたのに。あの意気地なし……』
『......?精霊界を作ったのは、エセリアルクイーンではないのですか』
『そうよ。だからムーンスターが作ったって言ったじゃない』
『まさか……その二人は、同一の精霊なのですか』
『そんなことも知らないの……?ムーンスターとエセリアルクイーンは、一つの精霊に宿った、二つの魂なのよ。二人は月と太陽、影と光、夜と朝。同時に存在することはできないけれど、確かに同じ一つの精霊なの。……ま、私はムーンスターの方がずっと好きだけどね。厳しいし偉そうだしつまんないのよ、もう一人の方は』
『そうだったのですね……』
『............強いわよ、オネイロックスは。普段はとぼけたやつだけど……あいつが本気を出したら、あんたらなんかすぐに殺されちゃうんだから。……それでも、あいつと戦うつもり?』
『あい。それが、マスターの望みですから』
『好きなんだ?』
『愛しています』
『……そ。わかったわ、奥へ進む扉を開けてあげる』
『ありがとう』
『そ・の・か・わ・り、私のお願いを聞きなさい?』
『あい。何をすればよろしいですか』
『この試練、本当はわたしが乗り移った人間を殺さないと扉が開かないの』
『やはり......そうだったのですね』
『なんだ、気付いてたのね。……でも、アンタにこの、間抜けそうに眠ってる人間は殺せないでしょ?……だから……』
そこで言葉を途切れさせると、彼女は何かを訴えかけるように私を見つめました。
『......っ。まさか……』
『......アイツが来ないんなら、私の方から会いに行ってやらなくちゃ。ホンット、世話の焼ける男なんだから……』
そう言って、彼女はわたしに手を差し伸べました。私は長い間ためらった後、震えながらその手を取りました。
「ソウルユニット......最大強度で稼働。対象の魔力を……吸収、します……」
『ありがと、チルカ。ばいばい……』
……最後に彼女は、笑っていました。




