第23話 融和の標
ひたすらなだめ続け、ようやくチルカの機嫌が直ってきたころ、僕たちは再び部屋のような空間にたどり着く。そこは小さな図書室で、壁には埋め込まれた本棚がいくつか並び、中央には数冊の本が積まれた石のテーブルがあった。そして部屋の中を、せわしない羽音を立てながら数匹の本が跳んでいる。
「マスター、ここに石板があります」
振り向くと、入り口の横にチルカが立っており、彼女の視線の先には壁に取り付けられた石板があった。
「なんて書いてあるの?」
「『よくもずるをしてくれたな、人間め』」「え!?」
「……ではなく、『第二の試練は汝の為政を問う。4人の識者の中から、人の王が最も見習うべき者を選べ』とあります」
「脅かさないでよ……でも、4人の識者って誰のことだろ?ここにはたくさんの本があるけど……」
「飛んでいるあれではないでしょうか」
「あ、なるほど」
「少々お待ちください。捕まえて参ります」
テーブルのそばに備え付けられた石の椅子に座って待つ。チルカの残像が閃光のような速さで空間を裂くと、彼女は動かなくなった四冊の本を抱えて戻ってきた。
「ありがとう、チルカ」
「とりあえず、二冊ずつ読む?」
「ねい。これらはメルクニス語で綴られております。マスターはお読みになれないかと」
「あ、そっか」
「読み上げて差し上げましょうか?」
「うん、お願い」
「『精霊という鉱脈 イグニス・マグヌス』」
「……うーん、なんか過激そう……」
……先の大戦では、帝国を始め、大国たちはこぞって精霊達を捕らえ、エンドブリンガーの贄として活用した。軟弱な自由主義者の学者共は、それを虐殺と呼ぶ。……とんでもない話だ!精霊は決して人間と同等な存在などではない。神はまず人を作り、人の為に世界を作りたもうた。魔石や樹木、家畜と同じように、精霊もまた、人間の発展のために神が与えたもうた一つの資源に過ぎないのだ。これを人間と同等に扱うのは神への冒涜であり、国を富ませ民の暮らしを豊かにしようとする我々の努力を否定するものである。そして……
「……これは違うと思う、チルカ。次に行こう」
「あい。精霊が、このような過激思想を見習うべきと考える可能性は皆無です。……『精霊との交流再開による技術革新の可能性、及び精霊という市場が自由貿易にもたらす潜在的な利益について アウルム・テザウロス』
「……タイトル長っ」
精霊と交流を再開することについての議論については、精霊の人権を認めるか否かについてや、先の大戦のエンドブリンガーが残した深い爪痕による魔法全般への強い拒否反応等、人道的感情的な観点ばかりが取りざたされ、精霊たちが我らにもたらしうる技術的経済的恩恵は、奇妙なほど議論の俎上に載せられる事が少ない。しかし、むしろこれらの点こそ人間が主義信条に関わらず広く合意を形成できる話題であると、私は確信している。
精霊は人間の魔術とは全く異なる魔法体系を持ち、その多くは未だ解明されていない。精霊との交流を再開させることは、大戦によって多くの技術が失われた現代魔術を復興し、発展させていくために大いに役立つ事に疑いようはない。
王国には、僻地でたまたま精霊と遭遇した旅人がありふれた品物……よく熟れたスカイアップルや、取れた服のボタン、道で拾った綺麗な石など……と金銀や宝石、魔導具の類を交換した事例が、小さな幸運の物語として語り継がれている。これらの記録が寓話的な側面を多分に含むことは否定できないが、それでも精霊社会の市場流動性の極端な低さを如実に示していると言える。精霊との交易は、人間にとって非常に有利な条件で貴重な資源や魔導具を取引する機会となるだろう……
「むーん……精霊をどう思うかは置いといて、付き合っておけば利益があるよってこと?」
「あい。おおむねその様な理解でよろしいかと」
「どうなんかなー……次、お願いできる?」
「『精霊よ、門を閉じよ。人よ、門を開くな ドローレム・フィーリア』」
「それは読まなくていいや」
「よろしいのですか?」
「うん。ムーンスターは精霊と人間の融和を信じてたんだよね?それで、ここはムーンスターの考えに共感した精霊たちが建てた神殿……とゆーことは、正解は『精霊よ、門を閉じるな。人よ、門を開け』じゃないとおかしいと思うんだ」
「なるほど、精霊と人間との交流に肯定的な思想を理想とするはずということですね。合理的な推論です。最後の一冊は……『精霊への贖罪、そして融和へ向けて アニムス・モリエス』」
「お......?」
先の大戦における精霊の大量虐殺は、今まで人間が重ねてきた罪の中でも最も愚かで重大なものだった。精霊たちはエセリアルクイーンの生み出した領域へと去り、その優れた魔法と無垢なる精神は、この世界から失われてしまった。
精霊を魔石代わりにするなどという蛮行を働いた者のほとんどはその罪を問われず、のうのうと生き延びている。今から彼らの罪を追求する事は難しいと言わざるを得ないが、同じ悲劇を繰り返さないためにも、精霊に対して危害を加えた者も人に害を為した者と同じように罰せられる法を作ることが必要だ。
戦時中、精霊は市民権を認められず、奴隷のような扱いを受けてきた。人々に根付いた差別意識をすぐに解消することは困難かもしれないが、それでも粘り強く精霊の立場向上に取り組んでいかなければならない。現に獣人達は、戦後の復興の労働力として社会に欠かせない存在となった結果、市民権を取り戻しつつある。希望はあるはずだ。
精霊がこの世界を去ったのは、人間が彼らにとって危険な存在となり果ててしまったからだ。彼らが安心して暮らせるような社会を取り戻せば、彼らとの共生も、おのずから果たされるだろう......
「うーん……精霊は喜びそうな内容だけど、嫌がる人間もいそう......」
「一通り確認し終えましたが……マスターはどれが正解だと思われますか?」
「タイトル長いやつか、今のやつのどっちか」
「当機も同意見です。これらの書物は共に、精霊と平和的な交流を再開するべき、というムーンスターの意志に沿う内容になっています」
「問題は、それを人間がどうやって実現するのがいいかってことだよね。利益の為に団結するのがいいか、精霊が安心して暮らせる社会を作るのがいいか」
「この仕掛けを制作したのが精霊であることを加味すると、後者の解決法が正解ではないでしょうか」
「うーん……でもさ、精霊たちはもういないわけでしょ?いなくなった存在の為に社会を変えようって言っても、ほとんどの人は実感湧かないんじゃないかな?それよりは精霊の持ってる魔法とか資源についてアピールした方が、みんなやる気でると思うんだけど……」
「マスター、それは少々人間本位の考えではないでしょうか。……私は命令に従い、精霊たちを研究所で管理していたことがあります。彼らは体の大きさによって3から10個の冥種を身体に埋め込まれ、激しい苦痛の中で死んでいきました。私にこのようなことを言う資格はないのかもしれませんが、精霊たちには人間に贖罪を求めるに足る理由があると愚考いたします」
「うーむ、説得力あるなー……全然分からん!なんか他に手がかりがないか探してみよう」
「あいあい」
小さな図書室を巡ってみると、入り口の反対側のあたりに、本が一冊はまりそうなくぼみのある台座があり、その横の壁に石板が取り付けてあった。
「ここに正解だと思う本を嵌めればいいのかな……」
「マスター、この石板に有力な手がかりが書いてあります」
「ホント!?なんて書いてあるの?」
「『クアドラベルムで駒を壊された恨み、忘れまじ』」「ごめんて……」
「コホン。『どうしても答えがわからない方へ。人間の気持ちになって考えてみましょう。悲しいことですが、彼らは私たちがいなくなってもあまり困らないでしょう。そして、私たちの人間に対する感情と同じように、人間たちの中でも、私たちに対する思いは様々です。そんな自分勝手な彼らをまとめ上げるにはどうするのが一番いいか、王様になったつもりで選んでみましょう ウンディーネより』とあります」
「急に精霊の子供向けみたいな口調になった!」
「精霊にも、色々おられたのではないでしょうか」
「でも、ヒントはちゃんと参考になるね……自分勝手な人たちをまとめ上げるのに必要なのは理想より利益!正解は、長いタイトルのやつだ」
「あいあいマスター。今お持ちします」
チルカが本を台座にはめ込むと、台座が光り出し、目の前の壁に魔法陣が浮かび上がる。そして壁が左右に動き出し、細長い通路が現れた。
「正解だ!やったね、チルカ!」
「見事な推理でございました、マスター」




