第21話 水の神殿、知略の試練
「う……き、きつい」
かき分けてもかき分けても続く藪の中を、じりじりと登っていく。レイによれば、『別れた双子月亭』のある湖には小川が流れ込んでおり、水の神殿はその水源地の近くにあるという。
「お運びいたしましょうか、マスター」
「いい……まだいけるよ。チルカに運んでもらうのに慣れちゃうと、いざというとき動けなくなっちゃうから」
「素晴らしい向上心でございます、マスター」
「えへへ……」
日の暮れかかったころ、ようやく僕達は水の神殿へとたどり着く。中に入ると、冷たく湿った風が頬を撫でるとともに、火の神殿で経験したのと似たような感覚に襲われた。
「……戻れ!氷!……あ、氷出る!氷出るよチルカ!」
「あい、出ておりますね」
「やった!戦いは任せてよ、チルカ!」
「かしこまりました」
神殿の中には洞窟のような空間が広がっており、足元は底の見えない地底湖になっていた。苔むした飛び石や、橋のようにつながった鍾乳石を渡って奥へと進む。
「スラッグタイプの敵を検知。大群です」
「うっ……どでかナメクジの群れ......きしょい。ハルトフリーズ!」
「フロッグタイプの敵を感知。合唱中です」
「うっ……どでかカエルの群れ……うっさい。ハルトフリーズ!」
「魚人タイプの敵を感知。危険です」
「フレッシュミート!」
「喋った!?」
「チルカキィィィック!」
「あっ」
「ギョエエエエエッ!」
「正義は勝つ。キュピーン」
「……戦い、任せてくれるって言ったのに……」
「申し訳ございません。脅威度が高いと推定されましたので」
「確かに知性はありそうだったし、こんなことでピンチになるのもバカバカしいけどさ……数少ない活躍のチャンスだったのになー……」
「ハルトフリーズ、素敵でございました」
「へへ、そう?じゃいっか。……ところでさ、チルカって泳げるの?」
「あい。紫檀鋼は比較的比重の小さい金属ですので」
「でも、水よりは重たいんでしょ?」
「膂力でねじ伏せます」
「そこは力業なんだ……」
狭い入り口を通ると、部屋のような空間に出た。手前には小さな石碑があり、奥には白と濃紺のタイルが交互に敷き詰められた床の上に、兵士、騎士、司祭、王、二頭立ての馬車などの様々な姿をかたどった駒が並べられている。駒の軍勢は白と紺に色が分かれており、互いに向き合って並べられていた。
「ボードゲームみたい……」
「あい。帝国でも流行していた、クアドラベルムのようです」
「知ってるんだ」
「あい。研究員の余暇を充実させるため、対戦相手として一通りのルールと定石はメモリにインプットされております」
「流石チルカ、頼りになるね。……ところで、この石碑にはなんて?」
「『第一の試練は汝の知略を試す!精霊界最強のクアドラベルマー、サピエンスの作った仕掛けを破ってみせよ!』とあります」
「サイキョーのクアドラベルマー……?なんか急にノリが軽くなった……」
「精霊にも、色々な性格の方がおられたのではないでしょうか」
「なるほど……ていうか第一ってことは、これが終わってもまだあるのかな?」
「あい。ですが、まずはこの試練を乗り越えることに集中しましょう」
チルカが手前にある白色の駒の軍勢に近寄ると、タイルの床が光り出し、彼女の足元に魔法陣が現れる。
「あ……私と駒の間に、魔力の経路が繋がりました。自由に動かすことができそうです」
「応援くらいしかできないけど……頑張れ、チルカ!」
「お任せ下さい。帝国最新鋭の演算能力をお見せいたします。……歩兵よ、進め!」
チルカの足元の魔法陣が光ると、最前線の歩兵の駒のうち一つが動き出し、斜め前へ進む。
「すごい、まるで生きてるみたいだ……!」
チルカの駒が動き終わると、応じるようにして紺色の歩兵が動き出す。
「騎士よ、駆けろ!」
「わ、ジャンプした!すご」
チルカは迷いなく手を進めていき、白と紺の軍勢の間に開戦の雰囲気が漂う。
「………………」
「あれ、チルカ、どうしたの?」
「定石が終わってしまいました。想定される動きの組み合わせが膨大なため、計算に時間がかかっています」
「そうなんだ……どれくらいかかりそう?」
「二週間ほどかかる見込みです」
「長あっ!?……あの、80点くらいの手でいいから、パッパッと指して貰えると嬉しいっす……」
「あい、マスター。採点基準を設定してください」
「え……うーん……とりあえず王様を倒したら勝ちなんだろうから、それを狙う感じで……?」
「承知いたしました。攻撃的な手の評価を高く設定します」
果敢に敵陣へ攻めこんでいく白の軍勢だったが、あっさり帰り討ちにされ、苛烈な反撃に遭う。チルカの考える時間が長くなっていき、その眼は暗い紺色に沈む。
「王妃よ、退却を……あ、違います、それでは王の逃げ場が……」
「珍しい、チルカが迷ってる……」
「歩兵よ、身を盾に」「うわっ!?」
チルカが歩兵、と口にした瞬間、白の王妃の駒が粉々に砕け散った。
「な、なんで!?今はチルカの番のはずじゃ……」
「……反則の罰と思われます。クアドラベルムでは、一度動かす駒を宣言した場合、後から変更することはできません」
「そんな……いいじゃんそれくらい……」
「公正を期するためには必要な規則です。ご安心ください。必ずや逆転してみせます」
「頑張れ……!」
しかし、チルカは次々に駒を失っていき、残ったのは数体の歩兵と、王のみになった。対して紺色の軍勢は兵士と騎士を一体ずつ失ったのみで、戦力の差は圧倒的に見える。
「これ……もう勝ち目ないんじゃない?降参した方が……」
「ねい。断じてねいです。絶対に最後まで諦めません」
「でも、どうやってもここから勝つのは無理じゃない?相手の王様、めっちゃ味方に守られてるし……」
「マスター、戦いはまだ終わっておりません。士気を下げるような発言はお控えください」
「ご、ごめん」
白の王は歩兵たちを犠牲にしながら数手逃げたが、あえなく紺の戦車に倒されてしまった。
「くっ……」
残っていた駒が最初の位置へと戻り、倒されて無くなった駒が魔法によって生成される。
「……再戦を所望します。先手をどうぞ」
チルカが言うが、紺の駒は動きを見せない。
「なるほど……先手は譲るということですか。ハンデのつもりでしょうか?」
「チルカ、落ち着いて……仕掛けに怒ったってしょうがないよ」
「怒ってなどおりません」
「目がちょっと赤くなってる……」
「おりませんのです」
「絶対怒ってるじゃん……」
最初のうちはチルカを応援していたが、彼女がほぼ完封される形で5連敗したあたりで、僕は自分が応援以外の何かをしなければならないと気付いた。
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