第2話 時魔導士、尻を燃やす
僕は食卓につき、目の前に並んだごちそうを夢のような気分で眺めていた。
「……ああ、既に幸福を感じる……初めて子供にご飯を作ってもらったお母さんってこんな気分なんだろーか……」
いただきます、と手を合わせた僕はまずスープの器を掬い、一口飲む。
「どう?おいしいでしょ~?」
アイネスは自信たっぷりだが、味が薄い。調味料が入っていないか、少な過ぎるようだ。
だが火は通っているし、煮過ぎている具材もない。材料も無難にまとまっている。
「うん、おいしいよ。初めてでこれなら、すぐ僕より料理上手になれるんじゃない?」
「え、ホント!?やっぱり私ってばいいお母さんの才能あるのかな?私ね、ネイティブストライクスでもご飯作ってみた事あってそのときにも料理係のコに筋がいいって褒められたんだよねわたしってほらワーラミアだから味覚とか嗅覚は人一倍敏感っていうかまあ私他のコにはなれないからよくわかんないけどそういう事もあるのかなって思うの~~♪」
アイネスはご機嫌になると止まらなくなることがある。
「ハルト、にくも食え」
「完璧な見た目だね……おいしそうにできてる。いただきます。
───はぐ……!?」
赤いソースのかかった肉を口に含んだ瞬間、爆発的な刺激が鼻の中を突き抜ける。僕は吐き出しそうになるのを必死にこらえた。
「う……う……ウッ……」
「ふふん。泣くほどうまいか」
顔から汗と涙が噴き出す。口の中で火の玉が暴れ回るような激痛が走った。……まさかこのソースの赤、トゲトマトじゃなくて、全部香辛料……!?
「は、ハルト君大丈夫……?」
「み、水……」
「あい。どうぞ、マスター」
チルカが注いでくれた水を一息に飲み干し、刺激物の塊にコーティングされた肉の欠片を流し込む。
「こ、これ……誰か味見した……?」
「あじみってなに」
「ねい。お二人の力だけで作った料理でマスターをもてなしたい、ということでしたので」
「私はスープ作ったあと、リィちゃんと交代したから……」
アイネスは何かを察したようにトントンチャップのにおいをかぐと、小さくうめいた。彼女は急いで自分のスープを飲み干し、わざとらしい声で言う。
「あーっ!そ、そーいえば今日はまだガンメンくんとドータイちゃんにご飯あげてなかった!どーしよ、もう残ってるのトントンチャップしかないなー!リィちゃん、これ、ガンメンくんたちにあげてきていい?」
「アイネスはいらないの」
「わ、私ダイエット中だから」
「そ。ゆるす」
「あー残念だなーリィちゃんの手料理食べたかったなー!」
「だいじょーぶ。また作ってあげる」
「う、うん!楽しみにしてるね!
次はチルカちゃんかハルト君と一緒に作ったらいいかもね!」
アイネスはそそくさと席を立つと、トントンチャップの皿を持ってフレッシュスライムのガンメンくんたちのところへ行ってしまった。
「上手く逃げたなー、アイネス……」
「わたしも食べる。んあー……」「だ、ダメ!」
「……んあ?」
「あ……えーっと……」
リィは口を開けたまま不思議そうに僕を見ていたが、やがてフォークを下ろすと、自分の皿をこちらへ押しやった。
「たくさんにくが食べたいんだね。いいよ、わたしのもあげる」
「───えっ」
あのリィが自分の肉を諦めるなんて……嬉しいけど嬉しくない……!
「今日は久しぶりにハルトに会えて嬉しい。だから特別」
リィの慈愛に満ちた微笑みを見た時、僕はもう自分に残された道がないことを悟った。
「あ、ありがとう……嬉しいよ……。はぐ……うう……。もぐ……ウグっ……!」
「マスター、先程から顔面部の異常な発汗、落涙、及び粘液の過剰分泌が見受けられます。身体反応から察するに、そのトントンチャップは食用に適さないのではありませんか?」
「そんなことないよ!おいしいよ!!」
「あい。マスターは辛党だったのですね。味の好みを記録。次回以降の調理に生かします」
「それはやめてください。本当にお願いします」
はい、と、チルカが困惑したように頷いた。
「いっぱい食べて。おかわりもある」
「ガハッ……!」
リィは自分の作った料理を僕が食べるのを、幸せそうに眺めていた。ばれないように口の中にヒールをかけながら、僕は鍋いっぱいに作られた辛みの塊を食べきった。
その夜、僕はトイレでお尻の痛みに耐えてぽろぽろ泣いた。
───でも、別に構わなかった。自分の作った料理を食べる僕を、リィは本当に幸せそうに眺めていたから。
先輩も……きっと僕の間抜けな姿を見て、空の上で笑ってくれているはずだ。
「元はと言えば、先輩がハーレムを作ろうなんて言い出したからですよ?そのせいで僕がこんな苦労をするはめになったんですからね……」
甘ったれた文句を呟いても、もうそれを笑って受け止めてくれる人はいない。
彼女の不敵な笑みは、もう、僕の心の中にしかないのだ。




