第1話 四股時魔導士、帰還する
獅童という悪い奴を倒し、無事異世界から帰還した僕……霧原晴人は、地獄の補習とクラスメイトからの質問攻めを乗り越え、冬休みにまた異世界へと戻ってきた。
仲間たちの暮らす家の前に立ち、よし、と気合を入れて、腰を低く構えてから、玄関の戸を押し開ける。
「ただいま、みん……うわっ!」
予想通り飛びついてきたリィを、僕はなんとか受け止める。湿った柴犬のようなリィのにおいがして、僕はそれだけで頭の奥が甘く痺れた。
───リィ・レインロウは、背が高くて褐色肌の、無口で食いしん坊な僕の恋人だ。彼女は僕がこちらの世界に来て初めて出会った人で、色々あって家に住ませてもらい、そのままパーティを組んで、僕を冒険の旅へと連れ出してくれた。職業はスカウトで、大柄な体つきに似合わない俊敏でしなやかな動きで敵を翻弄し、弓やダガーを使った死角からの攻撃を得意としている。
……ちなみに力も普通に強い。
だから彼女の体当たりを受け止めた僕は、物理的にも痺れている。
彼女は僕の胸から顔を上げると、頬を膨らませて言った。
「寂しかった。もっと早く帰って来い」
「ごめん。補習地獄で土日が全部潰れてて……」
「ほしゅー地獄ってどんなの」
「朝から晩まで勉強させられるんだ」
「おー……。ハルト、かわいそう。よしよし……」
リィに頭を撫でられていると、中からアイネスとチルカも出てくる。
「おかえり~~ハルト君♪」
にこやかに出迎えてくれた少女は、アイネス・レヴィラート……青白い肌にエメラルド色の瞳と髪が映える、活発で小悪魔な僕の恋人だ。
彼女との出会いは最悪で、僕はアイネスに騙されて誘拐された。元地下組織のメンバーの彼女だが、獅童の操り人形になっていた組織のボスを倒したことをきっかけに、僕達の仲間に加わった。職業はランサーだが、獣人の彼女はラミアに変身して毒を吐いたりもできる。羽根を生やして飛ぶこともできるので、とてもすごい。
「マスター、ご帰還をお待ちしておりました」
眉一つ動かさず深々と一礼した少女は、チルカ……金髪碧眼の頭部に紫檀鋼のボディを持つ、忠実でユニークな僕の恋人だ。
古代の遺跡で出会った彼女は、千年前の常識をもとに動いているので、ちょっとずれているように感じることもある。カッコいいものが大好きで、必殺技を編み出しては、目をひまわり色に輝かせながら技名を考えている。……そう、彼女には感情があり、文字通り目の色を変えてそれを表すのだ。
戦いでは圧倒的なパワーとスピードを活かした体術と、右手の甲に内蔵された魔力孔から展開するマジックブレードを振るって、頼れる前衛として活躍してくれる。
……四人も恋人がいる自分を、僕は不誠実だと思う。けれどそんな僕のことを、彼女たちは寛大な心で受け入れてくれた。だから僕はお返しに、彼女たちを精一杯幸せにしなければならないと思っている。
「ごめん……なかなか外泊許可が出なくて。
まあ……三か月もいなくなってたんだから、当然かもだけどさ……」
「あい。ご両親のご心痛、いかばかりだったかとお察し申し上げます」
「うん。めっちゃ心配してた。泣かれたし、僕も泣いちゃった」
三人が黙り込み、悲しげな顔で僕を見た。
「ごめん、暗い空気にしちゃったね。……さ、中に入ろう。お土産あるよ」
「え!?なになに、楽しみ♪」
「にく?」
「ふふふ……どうでしょうか」
「む。教えろ」「あう。リィ、ほっぺた引っ張らないで……」
大きなキャリーバックを引きながら中に入る。僕が天井に光を灯すと、チルカがさりげなくテーブルの上のろうそくを消した。テーブルの上には、三人分のトントンチャップとスープが用意されている。
「あ、トントンチャップだ。おいしそうにできてるね、チルカ」
「ねい。作ったのは私ではございません」
「え?じゃあ、アイネスが?」
「ハズレ~~♪私はスープだよ」
「それじゃあ、まさか……」
「ん。わたしが作った」
「…………………。
ううっ……!」
「は、ハルト君が泣いちゃったよ……!?」
「い、今……生きてきた中で一番嬉しいかもしれない……」
「ふふん。もっと喜べ」
「すぐにでも食べたいけど……その前にお土産渡しちゃうね」
僕はスーツケースを開き、ビニール袋の中に保冷剤と一緒に入れた、真空パックの秋田牛を取り出す。
「はいこれ、リィに」
「おー!うまそうなにく……」
「地元の名産です。凍らせておくから、明日の夕飯にね」
「ん。食べたいけど我慢する」
久々に魔法を使い、秋田牛を氷塊で包む。
……僕の本職はヒーラーなのだが、獅童との決戦の途中で胸に埋まった魔石のおかげで、攻撃魔法も使えるようになった。その魔石は『冥華』と呼ばれる特別なもので……今はもういない先輩から譲り受けた、大切な宝物だ。
無くした心臓の代わりになっているので、壊れたら僕も死ぬ。
「ハルト君!私は私は?」
「えっと、喜んでもらえるかわからないんだけど……」
僕はジュエリーショップの小さな紙袋を取り出し、アイネスに渡す。
「なに、この袋?……中に白い箱が入ってる。開けていい?」
「ど、どうぞ……」
中に入っているものを見たアイネスは、固まってしまった。
「し、シルバーのバングル……です。なんか明るい感じがしてアイネスに似合うと思ったし、真ん中に翡翠が嵌まってたから……あ、翡翠って覚えてる?僕の世界の宝石で……」
「パパと同じ……ジェイドって名前もあるんでしょ?」
「あ、覚えててくれたんだ」
「当たり前だよ……あの時私、あ、この人だって思ったんだから」
「この人だ、って……何が?」
「私の運命の人♡」
満面の笑みでそんなことを言うアイネスに、思わず頬が熱くなる。
「そ、そっか……」
アイネスは宝物を触るようにそっとバングルを持ち上げると、それを左の手首に付け、こちらに向けた。
「似合うかな?」
「うん、やっぱり雰囲気と合ってる」「大変お似合いでございます」「ん。いい感じ」
「ありがとう、ハルト君。一生大事にするね……」
そう言って笑うアイネスは、少し涙ぐんでいる。
「よかった……僕全然こういうのわかんなかったからさ、友達に手伝ってもらってやっと決められたんだ」
感動の涙は一瞬で引っ込み、アイネスは怖い顔で距離を詰めてきた。
「その友達って、女?」
「お、男だよ!」
「ふーーーーん??あっちの世界で浮気なんかしたら、がぶりといっちゃうからね!」
「はい……」
僕が二人にお土産を渡し終えると、
「……ちらっちらっ」
と口で言いながら、チルカがちらちら見てきた。
「チルカにもあるよ。ちょっと待ってて」
「そ、そうですか。お土産などなくとも、マスターへの忠誠は変わりませんが……」
瞳をひまわり色に輝かせて待っている彼女に、仮面ライダーのDVDセット、単三電池が入った紙袋と、DVDプレイヤーを渡す。
「これは……?絵画、ですか?人型の魔物が描かれていますね……」
DVDのパッケージを眺めて、チルカが言う。
「それは魔物じゃなくて、不思議な力を使って戦う正義の味方だよ。仮面ライダーって言うんだ」
「仮面ライダー……素敵な響きです。これは、彼らの戦闘記録なのですか?」
「そうそう、こっちの魔水晶みたいなやつ。それ開いてみて。中に円盤が入ってるから」
「あい」
「それで、その円盤をこの機械に入れてみて」
「あい」
「最後にここのボタンを押すと……」
心を湧き立たせるような音楽と共に、オープニングが始まる。
「わ、なんか映った!すごいすごい!」
「おー……早い。ちかちかしてる」
アイネスとリィの二人も、もの珍しそうに画面を覗き込む。
「人が佇んで……あ、先程の仮面ライダーになりました。……色が変わって……これも、同じ仮面ライダーなのですか?」
「うん。たくさんの形態があるんだ。使い分けて戦うんだよ」
「それは、非常に素敵です……。
───っ!仮面ライダーが乗っている、これは何ですか!?」
「バイクっていう、僕達の世界の乗り物だよ」
「か、かっこいいです……」
オープニングを見終えた時には、チルカは瞳の回路にきらきらと光を巡らせていた。
「なんか、チルカ嬉しそう」
「ありがとうございます、マスター。今後の可処分時間は全てこれらの閲覧に充て、戦闘における新技の開発に役立てたいと思います」
「どういたしまして。父さんが昔の特撮が好きで集めてたんだ。返すのはいつでもいいって言ってたから、ゆっくり見てね」
「あいあい、マスター。お父様にもよろしくお伝えください」
「あ、あとDVDプレイヤーが見れなくなったら電池……細長いやつが中に入ってるから、新しいのと交換してね」
承知いたしました、と頷いたチルカは、大事そうにプレゼントを抱えると、オープニングの曲を口ずさみながらそれを棚に運んでいった。
───みんなに喜んでもらえたみたいで、本当に良かった。




