第19話 見せかけの平穏に縋る者
「うーん……ハッ!」
「マスター……!」
眼を開けると、逆光になったチルカの顔が見えた。ヒマワリ色に輝く瞳が、彼女の深い喜びを表している。
「空が見える」「あい」
「膝枕されてる」「あい」
「僕達......生きてる?」「あい、マスター……ぎゅっ!」
「あだだだだっ!!痛い!全身がめっちゃ痛い!!特に右腕がもげそう!」
「も、申し訳ありません。ご自身にヒールをおかけください」
「戻れ!……ふー、死ぬかと思った……」
「本当に申し訳ございません。私の責任で、マスターを危険な目に遭わせてしまい......」
焼け焦げたチルカのボディをヒールしながら首を振る。
「チルカは何も悪くないよ。五番目の足場......正解は揺らいでた左の方だった。きっと見ても分からないように、正解の足場にも魔法で細工がされてるんだ」
「ですが、それではどのようにして正解を導けば......」
「うーん……何か重大なことを見落としている気がする。とりあえず中に戻ってみよう」
「あい、マスター」
再び神殿に入り、石碑の前まで戻ってきた僕は立ち止まってそれを眺めた。
「やっぱり露骨に怪しいのはこれだよね……」
「刻まれている文章は『火を鏡とし、自らの罪を見つめた者にのみ目覚めの時は訪れる。見せかけの平穏に縋る者は、黎明の炎を見ることなく破滅を迎えるであろう 』です。そして、石碑の一番下には『10110』と、『01100』という二つの数列が、長い一本の縦線に隔てられています」
「うん。それで、今のところの正解は右、左、右、右、左……」
「マスター。当機、閃いてしまいました」
「早。なになに」
「縦線を無視した場合、『1011001100』という一つの数列ができます。この数列に含まれる数字は十個、そして種類は0と1の二種類です。これは、この先にある足場の行と列の数とそれぞれ一致します」
「???」
「0を左、1を右とお考え下さい」
「10110……右、左、右、右、左……あっ、ホントだ!」
「あい。6から10個目の足場の正解は、左右右左左だと推測されます」
「言われてみれば簡単だけど……よく気付いたね、チルカ」
「オートマタの推論能力をもってすれば、造作もございません」
「……できれば、ゴリ押しで進んでるときに気付いて欲しかったけど」
「言われていない事はできません。オートマタですので」
「そ、それはそうだね。でもさ……数字だけで足場が分かるなら、碑文の意味ってなんだったんだろ……?」
「それは分かりかねますが……安全な足場は判明しました。先へ進むことを推奨いたします」
「うん……」
そして僕たちは、無事9個目の足場に着地した。
「……え?」
9個目の魔法陣が光るとともに、向こうにあったはずの終着点が消え、僕達の目の前には二つの足場と、底なしの暗闇だけが残される。そして、遺跡全体が激しく揺れ始めた。
「マスター!後ろの足場が……!」
振り向くと、今まで渡ってきた足場が、遠くにあるものから順に次々と崩れていく。
「う、噓ぉ!?」
「……マスター、左です!」
『見せかけの平穏に縋る者は、黎明の炎を見ることなく命を落とすであろう 』
石碑の文章と共に、微かな違和感が頭に浮かぶ。僕はそれに従って、飛ぼうとするチルカの腕を掴んだ。
「やっぱりおかしいよ。解けない謎があるまま、仕掛けを突破できるなんて……」
「マスター、ですが10個目の数字は0でした!今までの法則から、それは左の足場に対応していることが分かっています!急がなければ足場が.....!」
「うん。ここまで来て急に時間制限を付けてくるのもおかしい。やっぱり右だね右」
「え......!?ま、マスター!?」
僕はこの仕掛けを作った存在の意地の悪さを信頼して、右の足場へと跳躍した。僕を追いかけるようにしてチルカが飛んだ瞬間、今まで僕たちが立っていた足場が、音を立てて崩れ去る。
「マスターっ!…………?」
空中で僕を抱きとめたチルカは、何事もなく最後の足場に着地した。10個目の魔法陣が光った瞬間、視界が真っ白に染まる。
「っ……」
光が収まると、酸の池も、崩れた足場も消え失せ、目の前には大きな石の扉だけがあった。振り向くと、少し離れた場所に先程の石碑が見える。
「全て......幻だったのですね……」
僕を地面に下ろしながら、チルカが言う。
「面倒な仕掛けだったね」
石扉へ僕たちが近づくと、扉はひとりでに開いた。奥へと続く細長い通路を進んでいくと、隣のチルカが言う。
「なるほど……『火を鏡にする』とは、数列を線対称にすることを指していたのですね」
「なんの話?」
「……?先程の仕掛けのことです。石碑に描かれていた内容と二つの数列、そして縦線が対応していると仮定した場合、『10110』は罪、縦線は火、そして『01100』は破滅を表していることになります」
「ふむふむ」
「碑文の指示通り火を鏡にして罪を見つめる.....つまり縦線を鏡に見立て、線の右側に左の数列と鏡写しの数列を作ると、『10110|01101』となり、10個目の数字は1であることが求まります」
「……あー、そうだったんだ」
「マスター、まさかとは思いますが、それを理解なされないまま右へ飛ばれたのですか?」
「うん、なんかひっかけっぽいなって思っただけ。リィが言ってたんだ。『ダンジョンで違和感があったら、絶対に無視するな』って」
「その選択は、非合理的です。ですがそれが……経験に裏打ちされた、生存するための勘……というものなのでしょうか」
「そうかも。気付かないうちに、僕も成長してるのかな……」
通路を抜け、広い空間に出た。立ち並んだ石柱の上には純白の炎が灯り、神秘的な光で辺りを照らしている。中央にある祭壇には、青い炎が燃えているのが見えた。
「あれが……火の精霊の夢?」
近づいていくと、炎は白銀色の大皿の上で燃えていることが分かった。その横には、精緻な細工が施された宝石箱が置かれている。
「祭壇に何か刻まれてる……」
「『見果てぬ我が夢と共に、ここに黎明への祈りを残す。とこしえの眠りに沈む我が友を、いつか朝日が照らさんことを』……とあります」
「眠りに沈む我が友......もしかしてそれって、ムーンスターのことかな?」
「あい。恐らくこれは、彼女と親しい関係にあった火の精霊によって書かれたものでしょう」
宝石箱を開くと、中には深紅の宝玉が収められていた。ちょうど、ムーンスターのベッドにはまりそうな大きさだ。
「よし......ダンカンさんのところへ戻ろう」
「あい、マスター」
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